NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

勝俣泰

勝俣泰

ホルン

かつまた・やすし

東京都出身。東京藝術大学、同大大学院修了。有馬純晴、守山光三、千葉馨、松﨑裕各氏に師事。1999〜2005年新日本フィルハーモニー交響楽団。在籍中の2001年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてロベルト・シューマン音楽大学(デュッセルドルフ)に留学しヨアヒム・ペルトゥル氏に師事。2006年4月1日N響入団

 

岩槻

ホルンには、上吹きと下吹きがあり、それぞれ、1番と3番、2番と4番が担当なさいますが、なぜ、隣同士ではないのですか?

 

勝俣

4本で吹く場合、基本的には(下から積み上げて)ドミソドという和音の、下のドが4番、2番(ミ)、3番(ソ)、1番(ド)という配置が多いのですが、ホルンがオーケストラで使われるようになったバロックや古典派の頃には主に2本であることが普通でした。高声部と低声部に分かれるわけです。その後にオーケストラの規模が大きくなるのに合わせてその2本セットがさらにもう1つ必要になっていったと言えると思います。特にブラームスは、1・2番と3・4番が別々になることが多く、それぞれが全く違う役割を担います。3・4番の方が1・2番よりも高い音域を吹いたりという場面も出てきます。

 

岩槻

必ずしも1番が最高音域だというわけではないんですね?

 

勝俣

ほとんどそうなのですが、常にというわけではありません。

 

岩槻

オーケストラのなかでパート割りはどのようにするのですか?

 

勝俣

1番は首席が基本で、そのほかも固定しています。僕は基本的に2番です。4番を担当することもありますが、それは極くたまにです。最近では今井さん、日高さんのお二人が3番兼、首席代行を務められているので、1、3番はポジションが変わることもありますが。

 

岩槻

曲ごとに変わったり、乗り番・降り番の関係でその都度変わる、というわけではないんですね。

 

勝俣

固定していると言えるでしょう。各ポジションの仕事の内容がかなりちがいますので、各々のスペシャリストであるべきだという考え方に根差しています。

 

岩槻

2番を吹く醍醐味はどんなところにあるのでしょうか。

 

勝俣

2番は、和音のなかの音——三和音なら第3音——を担うことがとても多く、第3音は和音の色彩だけでなく、たとえばその和音が主和音だったら調性まで決定するわけで、その音をどう響かせるかで和音が、また音楽がどういう色彩になるかという、重要な役割を担うことができるのです。きれいなハーモニーができたときは、本当に嬉しいですよ。まさに下吹きの醍醐味だと思います。

 

岩槻

ホルンは、音を出すタイミングも難しそうですが。

 

勝俣

指揮者が棒をおろした瞬間が一応、音を出すタイミングですがしかし、どこで息を吹き込むか、その音のどこで音を出すかは、実は奏者の責任のもとにあるわけで、自分でしっかりとリズムを感じることは大前提として、コンサートマスターのボウイングも見ますし、1番の呼吸を感じたりもしています。
セクションの牽引役である1番に対してどう土台をつくっていくか。1番吹きに添うようについて行けばいいかというと、そうではなく、セクション全員が最大のポテンシャルを発揮し、それで自然に合うのがいちばん良いのではないかと思うようになりました。周囲の動向を気にし過ぎると、前に出切れず、いつも引いているような、物足りない感じになると思うのです。もちろん、本質的にはいろんなアンテナを立てていなければいけないのですが、それに捕らわれたままではなく、音楽全体の流れを感じそのスタンスで音を出す必要性を実感しています。

 

岩槻

“合わせた”というのではなく、みんながベストでパフォーマンスしたときに、パッと“決まる”というのが、理想なのでしょうね。
ところで、留学中にアンブシュア(=管楽器を演奏するときの唇の形)を変えられたとのことですが、かなり勇気がいったのではないですか?

 

勝俣

とてもいることでした。変えたからといって良くなるという保証はありませんし。

 

岩槻

ではなぜ……

 

勝俣

それまでの奏法に限界を感じていたのです。奏法のことは学生時代から悩んではいたのですが、なんとなくそれで吹けてしまっていたし、それまで積み上げてきたものを帳消しにするのもこわくて、そのまま吹き続けていました。しかし、そうしているうちに自分がやりたいことに、技術がついて来なくなっていたのです。悲しいことですよね、演奏家として。頭のなかには描いているにも拘わらず、技術が足りないがために表現できないなんて。どうしても何とかしたいという思いがつのりました。でも賭けに近いものなのです。だめだったらホルン奏者としての生活をあきらめようと思っていました。

 

岩槻

元の方法にもどすのではなくて……

 

勝俣

戻りたくても戻れないこともありますから、感覚なので。一旦わからなくなってしまうと、そこから立ち直るのは想像以上に大変なことなのです。

 

岩槻

では、アンブシュアを変えた留学は、たいへんな1年だったわけですね。

 

勝俣

変えて最初の半年は、1オクターヴのスケールもまともに吹けませんでした。

 

岩槻

ショックですねぇ……

 

勝俣

デュッセルドルフのロベルト・シューマン音大のすぐ裏には、シューマンが身投げをしたライン河が流れていて、1日の練習を終えるとそこにかかる橋の上に自然に足が向かいました。もちろんそのようなことは考えませんが、覚悟していたとはいえ、現実に直面すると辛かったです。しばらくして本当に少しずつですが、できるようになり——先生に教えていただいた通りというわけにはいきませんが——なんとか、ちがう世界の入口には立てたという感触を得て、帰国しました。いまでもまだ道半ばです。たぶん到達点はないのではないでしょうか。

 

岩槻

沁みる話ですねぇ。
ホルンを吹く友人がぜひ、アドヴァイスしていただきたいという内容なのですが「どうすれば出だしの音をはずさないで吹けますか?」という質問なのですが。

 

勝俣

僕も聞きたいです(笑)。ありきたりかもしれませんが、どれだけ鮮明にイメージするかに尽きるように思います。イメージをシミュレーションし、それとからだの反応がリンクするよう繰り返すしかないと思います。それから、無駄吹きしないことです。音って、出して並べていると楽しいので、いろいろ吹いてしまうのですが、吹くときには、適当に出したりせずに、必ず集中して吹く習慣をつけた方が良いと思います。

 

岩槻

息をたくさん吸うコツはありますか?

 

勝俣

呼吸こそイメージではないでしょうか。物理的には肺に入るものですが、僕は、吸った息はつま先まで入り、全身に空気が漲るイメージを必ず抱くように意識しています。そうでないと、すぐ息が浅くなってしまうんです。しかし、いつも全身を100%空気で満たすだけ吸う必要があるかというと、実は必要なだけ——吹きたいフレーズを表現し切るだけ——の息があれば十分なのではないかと思います。余るのは苦しいのです。昔は自分に「吸え吸え」と言い聞かせていましたが、そういう時代を経ていまは、息が無くなったら吸うというのではなく、この息をどう配分していくか、と考えることが大切だと思っています。

 

岩槻

中学1年生のときに大事故に遭われ、野球少年だった勝俣さんはホルン奏者の道を歩まれることになったわけですが……

 

勝俣

いまは、ステージに立つたびに幸せだと思っています。

 

 

写真撮影 ― 堀田正矩
「フィルハーモニー」2009年2月号掲載 ※ 記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

岩槻里子

聞き手

岩槻里子

いわつき・さとこ

NHKアナウンサー。愛知県出身。津田塾大学卒業、上智大学大学院博士前期課程修了。1998年NHK入局。2007年6月~2008年3月までメインキャスターを務めた「お元気ですか日本列島」では気さくな人柄が人気を呼んだ。2008年7月から「COOL JAPAN―発掘!かっこいいニッポン」のナレーションを担当。2008年4月から2011年3月まで「N響アワー」に出演。趣味はヴァイオリン。