NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

酒井敏彦

酒井敏彦

ヴァイオリン

さかい・としひこ

愛媛県出身。愛媛大学卒業。1977年、読売日本交響楽団入団。1983年4月1日N響入団。N響室内合奏団、フィリアス弦楽四重奏団など、室内楽でも活躍。N響では第1ヴァイオリン・フォアシュピーラー(次席奏者)をつとめる。

 

岩槻

酒井さんは愛媛大学教育学部をご卒業。音大ではなく、地元でN響元コンサートマスターの坂本玉明先生に師事していらっしゃったのですね。

 

酒井

ええ、大学時代ずっと。坂本先生はN響を早期退団なさった後、故郷(こきょう)松山でその名も「モーツァルト」という喫茶店を経営していらっしゃいました。N響のコンサートマスターという楽壇最前線を経験された方が地元にいらっしゃるということは、押しかけて行ってでも弟子にしてもらいたい。閉店後の店内でテーブルを片づけてレッスンしていただいていました。
そんなある日、「君は将来どうしたいの?」「オーケストラに入りたいんです」「じゃあそのつもりでレッスンしましょう」と、オーケストラ・スタディなども手解きしてくださいました。オーケストラへの道筋をつけてくださった恩人の1人です。

 

岩槻

最初からN響に?

 

酒井

当時のN響は、今のような公募制をとっていない時代でした。事務局に電話で問い合わせたところ「ヴァイオリンの採用は当分ありません」とあっけなく切られてしまいました(笑)。『音楽の友』誌に読響のヴァイオリン奏者の募集が出ていましたので、受けて入団することができ、5年間在籍しました。その頃もまだN響は公募していませんでしたが、N響にも友人ができ「今度ヴァイオリンに欠員が1人出るよ」と教えてくれたので、受けることができました。

 

岩槻

そして今やフォアシュピーラー。右隣にはコンサートマスター、前には指揮者、左には第2ヴァイオリンの首席という面々に囲まれて、さぞプレッシャーの多いポジションなのでは?

 

酒井

座る場所はどこであれ、それぞれの場所ならではの難しさやプレッシャーはあると思います。ただ、コンサートマスターの隣りというのは、指揮者やコンサートマスターの意図などがスムーズに後ろのプルトまで行き渡り、リハーサルが円滑・迅速にいくように、流れが止まらないように腐心する役目だと思っています。弓のどの部分を使っているのか、スピードは?ボーイングはアップなのかダウンなのか、どの線を使うのか、音色は?などについてみんな情報を必要としていますので、それを読み取り発信しなければと心がけています。

 

岩槻

どの線を使い、ということは、コンマスのポジションや指使いまでご覧になっていると?

 

酒井

そのような細かな部分までまねするのか、と思われるかもしれませんが、コンマスの型には、指揮者の指示をどう解釈したか——そしてその指示がオケとして鳴ったときを想定してまでの——コンサートマスターの意図が反映されていますので、それを伝えないといけないと思っています。

 

岩槻

相当神経を使っていらっしゃるのですね……

 

酒井

「目つき悪いな」と思われているかもしれません、横目でいつもコンサートマスターの仕草を追っているので(笑)。また、コンマスはオケ全体も見渡しているので、“神経があっちの方に行っている”という時、“こっちのことはちゃんとしときますから”と。

 

岩槻

「あうん」の呼吸ですね?!

 

酒井

僕が思っているだけかもしれません(笑)。

 

岩槻

コンマスから言葉でのご指摘などはあるのですか?

 

酒井

「この調性でその指使いはないんじゃない?」とか。

 

岩槻

えっ?!お隣りの酒井さんのポジション・チェンジのことまで……

 

酒井

よく見られてますしよく聴かれています。身が引き締まるような瞬間の連続ではありますがしかし、高度なレッスンを受けているようなものだとも言えます。

 

岩槻

コンサートマスターってすごいんですねぇ……
曲によっては、コンサートマスターと2人でソリという部分もありますが。

 

酒井

逃げ出したいですね(笑)。R.シュトラウスの《ツァラトゥストラはこう語った》の「病がいえつつある者」の部分で、ヴァイオリンもヴィオラも各プルトに分かれ、さらに第1プルトはコンサートマスターとのデュオになるところなど。うしろからは「ちゃんと弾けよ」光線が飛んできますし(笑)。未だに慣れるということはありません。夜も眠りが浅いですよ。

 

岩槻

それでも終演後、指揮者との握手の場面もあり、苦労が報われることも……

 

酒井

それはおふくろも喜んでいました(笑)。

 

岩槻

思い出に深く刻まれたコンサートなどはありますか?

 

酒井

2004年、サヴァリッシュ先生指揮の11月定期です。演奏が終わって度重なるカーテンコールに応えられ、最後に慈愛に満ちた眼差しを楽員に向けられて「さよなら」とおっしゃってそでに引っ込まれたとき、「ああ、もう先生と演奏することはないんだなぁ……」と。入団してから先生には怒られることが多く、こちらを向いて「弓のスピードが速い」と、肝心な部分で心配だったのでしょう、じーっと見つめられたこともあります。

 

岩槻

今シーズンからプレヴィンさんが首席客演指揮者に就任なさいました。

 

酒井

室内楽的アンサンブルへの要求もより精度の高いものなので、練習は個々が緊張感に満ちています。ご自身が気に入る音色が響くまで許してくれません。

 

岩槻

緊張する場面の多い酒井さん、趣味は船旅だと伺いました。電車や飛行機の旅と違うところは?

 

酒井

「動くホテル」という感じでしょうか。デッキで寝っ転がって本を読んだり、新しい友人ができたり、パーティーでちょっとハメをはずしたり。360度見渡す限り海の日々。日の出の空が明るく輝き始める時、西の空はまだ暗く、夕日は意外にあっけなくシュッと海に沈んでいきます。夜は一面の星空を堪能し、船が南へ進んでいくと、北極星も低くなって東京では見られない南の星が輝いています。

 

岩槻

酒井さんがいつも笑顔でいらっしゃる秘密はきっと、俗世間から全く離れたそういう時間にあるのでしょうね。本番前にありがとうございました。

 

 

写真撮影 ― 堀田正矩
「フィルハーモニー」2010年2月号掲載 ※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

岩槻里子

聞き手

岩槻里子

いわつき・さとこ

NHKアナウンサー。愛知県出身。津田塾大学卒業、上智大学大学院博士前期課程修了。1998年NHK入局。2007年6月~2008年3月までメインキャスターを務めた「お元気ですか日本列島」では気さくな人柄が人気を呼んだ。2008年7月から「COOL JAPAN―発掘!かっこいいニッポン」のナレーションを担当。2008年4月から2011年3月まで「N響アワー」に出演。趣味はヴァイオリン。