NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

市川雅典

市川雅典

コントラバス

いちかわ・まさのり

神奈川県出身。桐朋学園大学音楽学部卒業。同大研究科在籍中の1995年11月1日にN響入団。桐朋学園大学音楽学部非常勤講師。

 

髙橋

コントラバス(以下cb.)は18歳から始められたそうですが。

 

市川

実は高校3年のときに、最初に指揮者になることを志しました。みんなが楽器を嗜む家族なのですが、両親は音楽家になることはずっと反対していました。しかし、僕は好きな道しか選べなかったのだと思います。
それで、憧れだった小澤征爾さんが振るコンサートに行き、楽屋口の列に並び、小澤さんに「指揮を教えてください!」ってお願いしたのです。

 

髙橋

えー!いきなりですか?

 

市川

その上、当時ぼくが指揮する予定のコンサートのチケットも持って行って渡した
のです(笑)。

 

髙橋

小澤さんはなんと?

 

市川

一言、「桐朋は良い学校だから、そこで勉強しなさい」と。しかし知り合いが、指
揮科は早くから勉強していないと入れないぐらい難しく、「cb.で入って、指揮科に移行してみては」と言われ_現在活躍の指揮者にもそのコースでなられた方はたいへん多いですが̶̶、cb.で入学しました。  
祖父が趣味でcb.は弾いてもいましたし、作ったこともあります。作った楽器は今でも在ります。弟も実はcb.奏者_群馬交響楽団の首席_で、兄弟でcb.奏者というのは世界でも稀なようです。それぐらい縁が深いのに、最初の1年半ぐらいは、練習に身が入りませんでした。  
ところが、2年生のとき同級生がオケに就職して学校をやめてしまったのです。それがショックで、俄然、練習し始めました。同時に、大学の図書館にも通いつめ、先輩たち̶̶故・小野崎充さん、西田直文さん、池松宏さん̶̶の録音が残されていますので、毎日のように聴き、なんと魅力的な楽器なのかと、はじめて感銘を受けたのです。それがさらに、練習に拍車をかける原動力となりました。

 

髙橋

感銘を受けてのめり込んだ⋯⋯。まさに開眼したわけですね。

 

市川

もう1つ、ゲイリー・カーがパイプオルガンと演奏したブルッフ《コル・ニドライ》に、人生最大のショックの1つとも言える衝撃を受けました。元はチェロと管弦楽のための作品ですが、祈りの込められた曲で、カーの音といい、歌心といい、涙が出ました。
4年生のとき、カーのマスタークラスに参加し、その後も、カナダのヴィクトリア音楽祭や、カーが弟子を集めたアンサンブルによる公演にも参加させていただきました。  そしてN響に入団して8年目ぐらい̶̶もう4年前のことになりますが̶̶、初心に戻って勉強し直そうと決意、1年ほど準備をして再びカナダのカー先生の所に行きました。  
ソロの勉強をしに行ったわけですが(カー先生はオケマンではなくソリストですので)、ソロの奏法を勉強しても直接オケに適用するものではないという考えもあるようです。確かにコントラバスのような伴奏楽器の場合、1人でメロディーを弾き続けるのと、多人数のアンサンブルで伴奏し続ける場合とでは弾き方がかなり違いますが、演奏の基本はソロの勉強だと思っています。それは、楽器を身体の一部として使う、表現の手段として使うという、至極根本的な部分を磨き直そうということであり、たとえどのような編成のもとでも1人で音楽を作るという勉強は決して邪魔になるものではありません。すべてに必要なことであり、そして、技術的にも精神的にも、自分だけのなにかが得られればと、カー先生をまた訪ねたのです。

 

髙橋

市川さんをそれほどまでに駆り立てるコントラバスの魅力とはなんなのでしょう?

 

市川

低くても他の楽器と同じようにうたを奏でられることと、楽器の振動をまるで身体の一部のように感じその豊かな響きと共振できることです。ヴァイオリンの約3.5倍の長い弦が振動して空間に放たれる力強い波動を、最も身近で体験できます。そして、コントラバスの高音域は、よく人声に最も近いと言われるチェロよりも人声に近く、自分が実際に歌っているように弾けることです。また、オケではたいてい、和音のいちばん下の音を奏で、自分より下を出すパートはいませんので、すべてを支えている充実感はひときわです。

 

髙橋

話は変わりますが、趣味は、風景写真でいらっしゃるとか?

 

市川

はい。中学生のとき、ちょうどドビュッシーのピアノ曲を練習している時期に、両親が東北地方の湿原に連れて行ってくれました。曲がまさに、情景を描く音画の世界で、目の前の湿原の幻想的な風景と音楽が重なり、まるで夢のようでした。
それ以来、自然が大好きになり、日本中の湿原を回って写真を撮っています。湿原の泥炭層は太古から培われてきたものもあり、人間が入ると壊れ、乾燥化して死んでしまうのです。いま何度も通っている湿原があるのですが、少しずつ壊されて痛々しいです。
僕は小さい頃から両親と祖父母のお陰で音楽が身近にありましたが、身を入れて勉強し始めたのがしっかりと物心がついてからなので、美しい体験と同時期に在った音楽とが表裏一体となって蘇ってくるのです。音楽と自然への感動が同じ根の元で培われてきたようです。

 

髙橋

今後の活動の予定は?

 

市川

2009年になりますが、東京、大阪、広島などで2度目となるソロ・リサイタルを開催する予定です。余談ですが4月に初の個展(写真展)を開催します。

 

髙橋

風景が浮かぶような市川さんの音の世界を楽しみにしております。

 

写真撮影 ― 堀田正矩
「フィルハーモニー」2008年1月号掲載 ※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

髙橋美鈴

聞き手

髙橋美鈴

たかはし・みすず

NHKアナウンサー。北海道出身。東京大学卒業。1994年NHK入局。6年間の札幌局勤務後東京アナウンス室。「おはよう日本」で朝の顔として人気を博し、現在「N響アワー」「美の壷」等で活躍中。趣味は美術や演劇鑑賞、茶道。