NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

宮里親弘

宮里親弘

ヴァイオリン

みやざと・ちかひろ

東京都出身。幼少より父親の手ほどきを受けヴァイオリンを始める。東京藝術大学卒業。ヴァイオリンを二村英之、兎束龍夫、徳永二男の各氏に師事。大学在学中にオーケストラ奏法を田中千香士と海野義雄、室内楽を浅妻文樹と日高毅の各氏に学ぶ。1983年4月1日入団。

 

ポケットの数は増えました

華恵

ヴァイオリンとの出会いからお聞かせください。

 

宮里

父親がヴァイオリンを弾いていたものですから。大正3年生まれです。戦後、名古屋で進駐軍相手のダンスホールみたいな所で、タンゴか何かを弾いていたらしいんです。ヴァイオリンは19歳で始めたそうです。ヴァイオリンを手に入れるのも一苦労、楽譜も何もない頃で、タンゴの曲も全部耳で聴き取って譜面を起こしたそうですよ。それで東京に出てきて、タンゴ・バンドと家でのヴァイオリン教室で生活していたんです。物心ついた時には家がヴァイオリン教室でしたから、いつしかヴァイオリンを持たされていました。何歳から始めたのか、全然覚えてない。

 

華恵

ヴァイオリン教室で教えていたのはクラシックですか?

 

宮里

普通のヴァイオリンの教室でした。小さい頃は、世の中の子どもは全員ヴァイオリンを習っているものだと思っていました。当時、多い時で40~50人もの生徒たちがヴァイオリンを持って家に通っていたものですから。

 

華恵

小学生の頃は当たり前に弾いていたのですね?

 

宮里

そうですね。あるとき、父親の教え子で藝大に入った方が我が家にいらして僕がヴァイオリンを弾いてみせたら、あまりのひどさに「私に預けてください」と言われ、そこからが大変でした。小学校3年生ぐらいだったかな。いい加減な練習しかして来なかったから毎日が地獄でした。

 

華恵

それまではお父さまに習っていたんですよね?

 

宮里

レッスンの合間にちょっと弾かされたくらい。スケールやエチュードみたいな基礎練習はほとんどせずに、年に1度の発表会に出るべくその曲をさらうだけでした。

 

華恵

いつ頃、音楽にのめり込んでいかれましたか?

 

宮里

中学の音楽の授業での音楽鑑賞がきっかけです。ビゼーの曲を聴いた時に「オーケストラってすごいな」と思ったんです。家を探したら、同じレコードがある。それまでは関心がなかったので気づかなかったんです。それからそのレコードを毎日のように、擦り切れるまで聴きました。オーケストレーションがすごくカッコよくてね。

 

 

ツーショット写真

 

華恵

それからは音楽に邁進でしたか?

 

宮里

いや、少しずつ興味を持ち始めた程度です。もともと練習嫌いでしたから暇さえあればサイクリングや山登りをしていました。

 

華恵

実は私も山登りが大好きなんです。

 

宮里

山は相当登りましたよ。南アルプス縦走も白根三山も2回行きました。中3の頃には、自転車で東京から富士山まで走って行って……宿到着が大幅に遅れ、無謀な計画に怒った同行の友人の父親に車で自転車ごと家まで強制送還させられちゃった。

 

華恵

N響に入団されてからも山には行っていますか?

 

宮里

今はOBでいらっしゃるヴァイオリンの武藤伸二さんに山の話をしたら、「N響に入ったら行けないよ」と言われ、「休みが3日あれば行けますよ」なんて答えたんですが、とても無理でした。学生当時はハードな山登りをしていたので装備も相当重く、テントなども積んで28キロくらい。そんな荷物を背負うと、2日ぐらいリハビリが必要になるんです。無茶して、夜行日帰りで八ヶ岳に行ったこともありましたね。

 

華恵

山と音楽は何かリンクすることはありましたか?

 

宮里

山に登っている時に嬉しいと思ったことは1度もない。苦しい登りが続いて何でまた来ちゃったんだろうと思う。でも稜線(りょうせん)に出たあの瞬間、目に飛び込む遠く連なる山々、風に揺れる可憐な花、どこまでも蒼い空。これって素晴らしい演奏に出会った感動と同じ。

 

華恵

山と離れてN響に入って、音楽観は変わりましたか。

 

宮里

初めはオーケストラの事は何も知らない状態でした。N響で初めて弾いたのはエキストラの時のベートーヴェンの《第9》で、一番初めの6連符が完全に一つに聞こえて、怯みました。怖くて音が出せなくなってしまい、これがプロのアンサンブルなんだなと実感しました。演奏に対する考え方や姿勢を立て直さなければならないと思いました。

 

華恵

プロになるための練習方法は、それまでとは違うんですか?

 

宮里

オーケストラに入るまでの基礎の部分はもうできていて当然ですから、少ないアンサンブルの経験を、打ちのめされながら覚えていくしかないですね。誰も教えてくれないけれど、盗んでやろうという気概で必死に学ぶしかないです。

 

華恵

現場での吸収が大切だと。

 

宮里

それしかないですね。何が必要なのか汲み取って自分で行動するしかないことです。

 

華恵

今後は音楽とどのように関わろうとお考えですか?

 

宮里

この年になると運動能力も目も弱ってきていますが、ポケットの数だけは増えたような気がします。衰えを経験値で補いながら、若い人と張り合っていくのがこの世界なのかな。そしてそのポケットを、 若い人からあてにされるようならいいなぁ……。

 

写真撮影 ― 藤本史昭

2012年11月取材 ※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。現在、東京藝術大学音楽学部楽理科に在学中。