ヴァイオリンはオールラウンダーなところが魅力です
黒崎
鉄道がお好きとうかがいました。
平野
好きですねえ。
黒崎
鉄道ファンには、いろいろなタイプの方がいらっしゃるそうですね。乗ることが好きな方や、時刻表を研究するのが好きな方、写真を撮るのが好きな方ですとか。平野さんはどのタイプなんですか。
平野
うーん、まんべんなく全部でしょうね。写真も撮りますし、なかなか時間がとれなくなりましたがたまには乗りに行きます。時刻表をじーっと見ているのが一番楽しい時間かもしれません(笑)。
黒崎
時刻表を見て、これに乗ってどこに行こうかと想像していくんですね。
平野
こういう仕事ですから、演奏旅行であちこちに出かけるたびに時刻表を調べるんです。そうすると距離感がわかるようになってくる。だからツアーの日程表を見たら、すぐに頭の中だけで移動のスケジュールが読めてしまいます。譜面よりも読めるかも(笑)。
黒崎
地方公演などはみなさん個人で移動されるそうですね。
平野
そうです。それで、目的地まで単純にまっすぐ行くのはつまらないので、大回りして行ってみようかなとか、あれこれ考えます。これは音楽でもいえることですけど、演奏回数の多い曲だとついルーティーンになりがちですよね。それは避けたいんですね。移動もいつも同じだと通勤みたいになっちゃうでしょう。そこでなにか一つ新しいものを見つけられるといいなと思うんです。
黒崎
いろんなアンテナを張ってらっしゃるんですね。
平野
そうですね、僕は子供の頃から音楽一筋というタイプではなくて、中学まではガリ勉してたんですよ(笑)。ちょうど受験戦争の激しい時代で、煽られてしまったものですから。
黒崎
将来は例えばお医者さんを目指していたとか?
平野
いえいえ、歴史学者だとか考古学者に憧れていました。でも音楽もいいなと思うし、どうしようかなと悩んでいました。音楽でやって行こうと決めたのは高校に入るくらいだったでしょうか。そこからですね、ヴァイオリンにマジメに取り組み始めたのは。
黒崎
これまでに特に印象に残っている演奏会はありますか。
平野
オランダのコンセルトヘボウでの海外公演で、アルゲリッチとプロコフィエフ《ピアノ協奏曲第3番》を演奏したときです。あれは本当にすばらしかった。信じられないくらいにいい響きが鳴っているのが、弾いていて自分でもわかりました。コンセルトヘボウというホールのおかげもあるんでしょう。
黒崎
ヴァイオリンの魅力はどこにあるとお考えですか?
平野
オールラウンダーなところでしょうか。完成度の高い楽器だと思いますね。何百年も前からあって大きな変化もないのですから、それだけ完成されている証拠ですよね。
黒崎
これからやってみたいことはなにかありますか。
平野
楽器を持たない旅行ですね。以前は演奏旅行のときに、ついでにどこかに行ければいいなと思っていたんですが、いつも楽器を持っているわけですよね。それが休暇で旅行に出てみたら、楽器を持たない旅というのはこんなにも気楽なものなのかと気づいてしまいました(笑)。
黒崎
旅行に出る際は事前に下調べをするほうですか。
平野
しっかり調べます。そういうのが嫌いじゃないんです。
黒崎
時刻表に通ずるものがありますね。
平野
そうなんです。ドヴォルザークは鉄道オタクだったんですよ。彼は娘婿になる作曲家ヨーゼフ・スークにプラハの駅へ行って蒸気機関車のナンバーを調べてこい、といったんです。そうしたらスークは蒸気機関車じゃなくて後ろにつながっている炭水車のナンバーを控えてきちゃって、ドヴォルザークに「こんなヤツに娘はやれん」って言われたそうなんですよ。僕は鉄道ファン、ドヴォルザークにはとてもかないません。
文 ― 飯尾洋一/ 写真撮影 ― 笠井佳江
「フィルハーモニー」2011年12月号掲載 ※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。