NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

田中 裕

田中 裕

ヴァイオリン

たなか・ゆたか

福岡県出身。桐朋女子高等学校(男女共学)音楽科卒。1978年タングルウッド音楽祭に奨学生として参加。西ベルリン音楽大学を首席で卒業。在学中、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団の契約団員として在籍。ミシェル・シュヴァルベ氏に師事。1984年10月1日入団。第1ヴァイオリン・フォアシュピーラー(次席奏者)。現在、フィリアス弦楽四重奏団のメンバーとしても活動している。

 

お客様と一枚の同じ絵を見ているような演奏を重ねていきたい

岩槻

田中さんは長年フォアシュピーラー(次席奏者)としてコンサートマスターの隣やすぐ後ろの席で演奏されていますね。お客様の注目が自ずと集まる場所ですが、いつも人に見られるお仕事というのはいかがですか?

 

田中

プロのアナウンサーのようにうまくふるまえるといいんですが(笑)、人に見られるのはあまり得意なほうではないので、演奏中にきちんと集中できるよう、本番前の準備などもいまだに苦労しています。

 

岩槻

10月のN響定期公演に登場された指揮者のサンティさんとは長年のご関係がおありだとうかがいましたが。

 

田中

30年程前に西ドイツのベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団にいたとき、ドニゼッティの歌劇《ルチア》のリハーサルでご一緒しました。剃刀のように鋭くて、とても怖い人だったという印象があります。

 

岩槻

N響との共演も回数を重ねてらっしゃいますよね?

 

田中

すいぶん印象は変わりましたね。最近は冗談もよくおっしゃるし。「ボンジョルノ」と挨拶を交わすのですが、そこから先の会話となると、なかなか我々もイタリア語を覚えられず、こんなはずじゃなかったと思われているかもしれませんね(笑)。

 

岩槻

楽員生活25周年を迎えられたそうですが、長い演奏生活を振り返られて一番思い出に残ってらっしゃる演奏は?

 

田中

そのときの精神状態で感じ方は変わりますから、どれが一番とは言いがたいですね。ただ、演奏している者と聴いていらっしゃる方が一枚の同じ絵を見ているような演奏が成り立つことが時々あり、そういう演奏がいいとは言えますね。聴衆の方が、自然体でリラックスして受け入れてくださる状態は、一番ありがたい聴かれ方です。演奏するほうも、掻き分けて踏み入るような演奏方法ではなく、指揮者が描く色彩や筆のタッチ、つまり音色や時間の使い方をみて進んでいく方向を感じながら演奏するのがいい演奏だと思うようになりました。

 

岩槻

演奏しているときに聴衆の方の感じ方はわかるものなのですか?

 

田中

雰囲気は伝わってきますよ。演奏している最中は無意識なのだけれど、後から演奏が受け入れられたことをしみじみ感じることもあります。

 

岩槻

コンサートを聴きに行く側としては、つい身を乗り出して力んで聴いてしまいますが。

 

田中

そうですよね。でも私には苦い体験があって、西ベルリン大学に留学していた20代の頃に足を運んだ演奏会で、終わったときに周りの聴衆の皆さんが感動で泣いていらっしゃって、愕然としたことがあったんです。指揮者はカール・ベーム、曲はシューベルトの《交響曲第8 番「ザ・グレート」》でした。気負って「何ひとつ聴き逃すまい」と意気込んで必死に聴いていたのですが、自分だけが間違った聴き方をしていたことに演奏会が終わってから気づきました。皆さんが手放しで演奏を受け入れて感激を味わっているというのに、いったい何というもったいないことをしてしまったんだろうと後悔しました。捕まえてやろうと考えているその瞬間のうちに音楽は進んで行くのだから、どんどん辻褄があわなくなってしまうのです。結局、何の絵を見ているのかがわからなくなってしまう。ゆったり自然体で身を任せて聴けば、音楽がどんな仕組みや構図になっているか、モチーフがどこに現れるか、と絵の全体像が自然と見えてきて、心のなかに何かが入ってくるのです。

 

岩槻

狙って聴こうとするとその音だけに焦点が当たって全体が見えなくなってしまうんですね。

 

田中

そうやって自然体で聴くことによって、色合いとか香りまでもが見えてきますよ。N響のお客様はもうそれを体得されている方が多いので、とても演奏しがいがあります。

 

文 ― 猪上杉子/ 写真撮影 ― 松井伴実
「フィルハーモニー」2011年2月号掲載 ※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

岩槻里子

聞き手

岩槻里子

いわつき・さとこ

NHKアナウンサー。愛知県出身。津田塾大学卒業、上智大学大学院博士前期課程修了。1998年NHK入局。2007年6月~2008年3月までメインキャスターを務めた「お元気ですか日本列島」では気さくな人柄が人気を呼んだ。2008年7月から「COOL JAPAN―発掘!かっこいいニッポン」のナレーションを担当。2008年4月から2011年3月まで「N響アワー」に出演。趣味はヴァイオリン。