NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

中村洋乃理

中村洋乃理

ヴィオラ

なかむら・ひろのり

岡山県生まれ。愛知県立芸術大学を経て、東京藝術大学大学院研究科修士課程修了。第8回日本演奏家コンクール最高位受賞。「文化庁舞台芸術フェスティバル・日韓の若い音楽家によるオーケストラ特別演奏会」の日本、韓国公演に首席奏者として参加。プレールカルテットのメンバーとしても活動。 2011年国際音楽祭「ヤング・プラハ」に招かれ、ヤング・プラハ・フェスティバル・カルテットとしてチェコ各地にて演奏。2007年から2014年まで東京フィルハーモニー交響楽団フォアシュピーラーを務めた。2015年2月入団。これまでにヴィオラを江島幹雄、百武由紀、川﨑和憲の各氏に師事。

 

楽しみながらオーケストラ人生を続けたい

華恵

今年2月に入団されたばかりですね。N響の印象はどのように受けとめていらっしゃいますか。

 

中村

オーケストラによってカラーは違いますが、N響の場合、長い伝統のために、楽員が緊密にまとまっているように感じます。これまでの数多くの指揮者たちとの出会いによって徐々に蓄積されたものかもしれません。N響はシンフォニーのコンサートが多いオーケストラなので、その経験を積み重ねていったものが、現在に脈々と流れているのだろうなと思います。

 

華恵

その経験の積み重ねはご自身の音にも影響はあるのですか?

 

中村

音づくりもそうですし、楽譜の読み解き方もオーケストラごとに独特のやり方があるように感じます。僕のように別のオーケストラでの経験を経て入団する人も多いので、皆の経験が少しずつ集まって音楽づくりの方法が積み上がっていったのではないでしょうか。僕自身は、今流れている音楽の中で自分の音はこうあるべきだろうかと、考えながらやっていっているつもりです。

 

華恵

ヴィオラ・セクションでは若手ですね?

 

中村

中村翔太郎君が一番若く、村松龍君が同世代です。同姓の翔太郎君は就いていた先生も一緒なので以前からの知り合いです。先生が引き合わせて「同じ中村だから仲良くしなさい」って。その後、彼はN響に入って僕は東京フィルに入ってやっていくうちに、まさかこうして同じオーケストラになるとは。面白がって仲良くやっていますよ。彼と「何かやりたいね」と話して、ヴィオラ・カルテットという、ヴィオラ奏者4人だけで演奏会をするという活動を始めて2年目です。

 

華恵

普通のカルテットとはかなり違いそうですね。

 

中村

ヴィオラ四重奏のためのオリジナルはたぶん数曲、本当に数えるほどしかないので、いろいろな曲を翔太郎君が編曲してくれたり、作曲家に新しい曲をお願いしたりして、少しずつ演奏曲を増やしているところです。チェロ・カルテットのほうはすごくはやっているのでたくさん曲があるんですが、ヴィオラもマイナーな現状に甘んじずに、ちょっとずつ広めていきたいですね。

 

華恵

編曲はヴァイオリンの役を誰かが担当して、ヴィオラ、チェロというふうに分担するのですか?

 

中村

編曲の趣旨にもよりますが、全員同じ楽器なので第1ヴァイオリン役が誰とは決めつけずに、入り乱れて入れ替わり立ち替わりで役を担当します。皆ヴィオラ奏者なので、和を楽しむのが好きなんです。メロディをやると思ったら伴奏もやったりといろいろな役割をやるのが楽しくて。ヴィオラ奏者は基本的にはアンサンブルをするのが好きな人が多いので、そういういろいろな立場を心から楽しめるんです。

 

華恵

N響の皆さんは室内楽をさかんにされていらっしゃいますね。

 

中村

オーケストラ奏者には必要なことだと思うんです。室内楽はアンサンブルの最小の単位なので、そこからだんだん広がってオーケストラになっていく。小さいアンサンブルで意思疎通ができる時間を持つというのは、オーケストラの演奏にすごく役立つと思います。音づくりに関しても面白いことに、N響の人達が4人集まってカルテットをすると、もう「N響の音」がするんです。不思議ですけど。

 

 

華恵

ヴィオラという楽器とのそもそもの出会いは?

 

中村

父親がクラシックを聴くことが大好きで、家には僕の背よりも大きいスピーカーが2台あって、レコードもCDも一生かけても聴ききれないぐらいの枚数が並んでいました。その父親のクラシック好きから、兄はチェロ、姉2人はヴァイオリンとホルンを、そして僕もヴァイオリンを始めました。でも始めたのは遅く、小学校4年か5年の時。小学校高学年くらいからジュニア・オーケストラに入って高校卒業までずっと続けていました。ジュニア・オーケストラでの演奏がとても楽しく、将来はオーケストラ奏者になりたいと思って、就いていたヴァイオリンの先生に音大に行きたいと言ったときに、「オーケストラにはこういう大きな楽器もあるよ」とヴィオラを教えてもらったんです。ジュニア・オーケストラではヴィオラ奏者と言えば卒団した先輩がたっぷりと大きい弓づかいで弾いているイメージしかなく、ヴィオラの演奏をちゃんと聴いたことがなかったのであらためて聴いてみたらすごく面白かった。弾いてみると豊かないい音もするし、ああ、じゃあこれをやってみようかな、とすんなりと移りました。そこからずっとヴィオラです。

 

華恵

ヴィオラへの転向には迷いはなかったのですか?

 

中村

先生からヴィオラを勧められたその日1日は悩みましたよ。そもそもハ音記号で書かれた楽譜が読めなかったので、ヴィオラ転向を考えた次のレッスンにはとりあえず音符全部に指番号を振って、カタカナでドレミを書いて行きました。そんな始まりでした。

 

華恵

どの辺りが面白かったのですか?お声とか、物腰の柔らかい雰囲気が、ヴィオラ奏者らしいですね。

 

中村

ジュニア・オーケストラではコンサートマスターも務めていたのですが、ヴィオラに変わるとメロディもぐっと少なくなり、最初は全然面白くないなと思いました。しかし、すぐにやればやるほど面白くなりました。そう、確かに背丈も声も低くもなく高くもなく、性格的にも向いていたのでしょうね。それにオーケストラを人生の目的にしようとすでに決心していたので、オーケストラができるのだったら楽器は他のものでもよかったんです。

 

華恵

オーケストラ奏者になることこそが目的だったんですね。

 

中村

すでにジュニア・オーケストラで弾いている時から、このままずっとオーケストラを続けられたらどんなに楽しいだろうと、ただただ楽しいだけでずっとここまで来ました。念願かなった今ももちろん楽しいです。自分の願ったことができていることがラッキーです。

 

華恵

オーケストラの中でのヴィオラの楽しさはどんなところですか?

 

中村

オーケストラでヴィオラを弾いていると、ヴィオラだけを弾いている気がしないんです。オーケストラという1つのものが全体として動いている、その中にいる感じなんです。それが楽しくてしかたありません。もちろんそういうふうに楽しむためには自分が納得のいく演奏ができるように、常に準備したり勉強したりしなければなりませんが、諦めないで楽しみながら、オーケストラ人生がずっと続けられればいいなと思いますし、周りにもその楽しい空気が出せているといいなと思っています。

 

写真撮影 ― 藤本史昭  撮影協力 ― サントリーホール

2015年4月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。2014年、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。