NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

山本英司

山本英司

トランペット

やまもと・えいじ

静岡県生まれ。1999年東京藝術大学卒業。卒業時に同大学同声会主催新人演奏会に出演。 2000年第69回日本音楽コンクールトランペット部門入選。これまでにトランペットを北村源三、室内楽を稲川榮一、またマスタークラスにおいて、元ウィーン・フィル首席奏者ハンス・ガンシュ、ウィーン・フィル首席奏者ハンス・ペーター・シュー、元メトロポリタン歌劇場管弦楽団首席奏者マーク・グールドの各氏に師事。2004年から読売日本交響楽団に在籍し、2014年10月NHK交響楽団に入団。室内オーケストラ「ARCUS」メンバー。国立音楽大学非常勤講師、尚美ミュージックカレッジ専門学校講師、日本トランペット協会常任理事。

 

子どもたちの憧れになれたら

華恵

トランペットの方は公演の当日、どんなふうに過ごされているのですか?

 

山本

トランペットに限らず多くの管楽器奏者は、朝からのリハーサル1時間前くらいに来て準備運動として音出しをします。準備運動をしっかりしないで、いきなり全速力で走っちゃうとその後に影響が出てきてしまうんです。唇をほぐしたり、呼吸の調整をしながら、その日の状態をチェックします。リハーサルが終わって本番までの間の過ごし方は人によってまちまち。僕はホールの客席で、他の楽器の方が練習しているのを聞きながら寝てしまいます。唇の疲れをいったんリセットしたいと思うので。

 

華恵

今日はこうして(リハーサルと本番の間に)おしゃべりしていただいていますが大丈夫ですか?

 

山本

笑い過ぎると、ほおの筋肉がバテてしまうのでよくないかもしれないです(笑)。

 

華恵

皆さん筋肉を休ませられるのですね。

 

山本

本番前は食事をとらないという方もいらっしゃいます。口の中の環境を維持したいということで。僕の場合はお腹が空いては力が入らないので必ず食べますけれど。本番への準備は人それぞれで全然違います。

 

華恵

ところで、どのようにトランペットに出会われたのですか?

 

山本

2歳上の兄が小学校の時に金管バンドに入ってトロンボーンを始めていて、お兄ちゃんもいるからというので何となく金管バンドに入ったのがきっかけですね。

 

華恵

私は小学校の時にトランペットをやりたい、と言ったらコルネットになりました。

 

山本

僕もコルネットでしたよ。金管バンドでは、オーケストラでの弦楽器の役割がコルネットですから。中学校に行ってから吹奏楽部でトランペットを吹くことになりました。

 

華恵

トランペットを職業にしていこうという気持ちはいつごろからですか?

 

山本

ずっとトランペットを吹いていたいという気持ちはありましたが、趣味で続けて行くことになるのかなと思っていました。しかし高校2年生の進路相談のときに一変しました。担任の先生との三者面談が短時間で終わったあとに、音楽の先生から呼ばれて、唐突に「お母さん、音楽の道に進めさせる気はありませんか」と。母も僕もびっくりしました。

 

華恵

それまでそんな話は一度もなく?

 

山本

吹奏楽部の活動で信頼されているなとは感じていましたが、まさか思いもよらなかった。それで僕の中でずっとあまり考えないようにしていたこと――トランペットが続けられればいいなという願望が、初めて選択肢になって現れたんです。

 

華恵

ご両親は音大受験を許してくださったのですか?

 

山本

国公立のみ、浪人は不可、と条件がつけられました。

 

華恵

私も同じでした。ご両親の許可も出て 「よし!」と?

 

山本

それでいいんだったらやってみようと。でも当時はトランペットを仕事にするということがどういうことか、ましてやオーケストラでの役割など、全然分かっていませんでした。

 

華恵

N響に入りたいとは思われました?

 

山本

実は思っていました。恥ずかしくて誰にも言いませんでしたが。元N響の北村源三先生に就いてからオーケストラでの音の出し方を学ぶようになり、自然とオーケストラ奏者を仕事にしたいと思うようになりました。

 

 

 

華恵

そのトランペットを放り出したくなることはありませんでしたか?

 

山本

何度もありました。大学を出てから5年間くらいの期間は、コンクールを受けてもオーディションを受けてもうまく行かず、やめてしまおうかと思ったことも正直ありました。生活のために皿洗いのアルバイトをしながら、フリーランスで演奏をしていました。トランペットから離れてみた時期もありました。いざ離れてみると、逆に吹きたくなってくるんですよね。最終的にこれしかないと気づき、じゃあ自分はトランペットで何がしたいのか、本当にオーケストラが好きなのかと自問しました。フリーでやっている間は頼んでくれた人の要求に応えようという吹き方をずっとしていたんですね。本当に自分が吹きたいものは何なんだろうと考え直して、もう一度一からいろいろゆっくり練習して、自分の出したいトランペットの音、自分のやりたい音楽というのをじっくり考える時間を作った後に、読売日本交響楽団のオーディションに受かったんですよ。そして昨年N響に入ることができました。

 

華恵

試行錯誤を超えて、音は変わりましたか?

 

山本

少しは何か変わったのかな。急に上手くなったわけではなくて、努力を積み重ねている間にたまたまそういうチャンスに巡り会っただけかもしれません。ずっと同じことを考えていたような気もします。

 

華恵

N響に入ってみていかがですか?

 

山本

テレビで全国のトランペットを吹いている子どもたちが見ているでしょうから、おこがましいですがそんな子どもたちのお手本になれるような演奏を心がけねばと思っています。吹奏楽で吹いている子どもにとっては、クラシックは難しくて、ジャズの方が楽しそうだと見えているかもしれない。でもオーケストラのトランペットってすごいんだなと思ってもらえるような演奏を続けていきたいです。オーケストラならではのファンファーレの華やかさや、コラール時の金管のまるで合唱のような柔らかい響き。こんな魅力もこの楽器にはあるんだと伝えたいですね。

 

華恵

柔らかい音はオーケストラならではですよね。

 

山本

そうですね。オーケストラの金管の重要な役割のひとつです。こんな音も出せることを知ってもらって、子どもたちの憧(あこが)れの存在になれたら……ちょっと大きなことを言い過ぎました。

 

華恵

いえ、ぜひ知ってもらいたいですね。

 

山本

オーケストラ全体の中の役割としても、僕は2番トランペットを担当しているので、自分の音を聴いてくれというよりは、メロディの中に混ざって厚みを作っているところや、オーケストラ全体のサウンドのメロディとベースの間の豊かな音を作っているところを、ぜひ生の演奏で聴いてもらいたいです。CDやテレビでは聴こえない音もたくさん聴こえてくると思います。そういう濃密なサウンドを楽しんでもらいたいと願いながら日々吹いています。

 

写真撮影 ― 藤本史昭  撮影協力 ― サントリーホール

2015年4月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。2014年、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。