NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

吉田 秀

吉田 秀

コントラバス首席

よしだ・しゅう

大阪府出身。1986年東京藝術大学音楽学部卒業。同大学管弦楽研究部首席奏者を経て1991年NHK交響楽団に入団。現在首席奏者を務める。室内楽の分野ではオーギュスタン・デュメイ、ピンカス・ズーカーマン、ライナー・キュッヒル、マリア・ジョアン・ピレシュ、ウォルフガング・サヴァリッシュ、マルタ・アルゲリッチなどと共演。またオイロス・アンサンブル、東京シンフォニエッタ、いずみシンフォニエッタ大阪、紀尾井シンフォニエッタ東京、鎌倉ゾリステンなどのメンバーとしても活動。霧島国際音楽祭、宮崎国際音楽祭などにも参加。東京藝術大学准教授、東京音楽大学客員教授、京都市立芸術大学および相愛大学非常勤講師。

 

変幻自在に、極上の音を

華恵

最初に手に取られた楽器は?

 

吉田

ギターです。小学校1年生のお正月に親類の家で触って気に入り、お年玉で買ってもらい、近所で習い始めました。ギターは大人の楽器しかないため、小さい身体でしがみつくようにして弾いていましたね。

 

華恵

クラシックギターですか?

 

吉田

そうです。ちょうどナルシソ・イエペスといった奏者が大人気のギター・ブームの最中、小学生のうちから大人になったらギターを仕事にできればいいな、と憧れていました。

 

華恵

いつコントラバスに変わられたのですか?

 

吉田

習っていたギターの先生がギターを続けるにせよ、楽器を専門的に学んだほうがいい、と音楽高校の受験を勧め、コントラバスという楽器を渡されました。当時はまだ音楽大学にギター科はほとんどなかったので。わけもわからないまま、初めて見るコントラバスという楽器が家に来ました。

 

華恵

チェロではなくコントラバスでしたか。

 

吉田

もう中学生になってからの決断でしたからチェロを始めるには遅過ぎると。それにギターとコントラバスは調弦が似ているんですよ。ギターの6本の弦の低い方の4本はコントラバスとまったく同じ調弦ですから、とっつきやすかったですね。座って演奏するギターとは構えはまるで違って、立って弾くわけですがかえって楽でした。それに音をはじくとギターよりもずっと大きな音が出て、弓で増幅することもできる。なんだか自分が偉くなったような感じがして、気に入りました。

 

華恵

中学校では吹奏楽も始めたのですか?

 

吉田

いえ、吹奏楽部には入らず、高校受験のためにとただ一人で弾いていました。高校に入ってアンサンブルでいろいろな楽器の人と合わせるようになって、とても楽しくなり、一人で演奏することの多いギターの孤独感には戻れなくなってしまいました。ですからコントラバスに出会わせてくれたギターの先生には感謝しています。

 

 

華恵

コントラバスに出会ってから、今まで葛藤(かっとう)はなかったのでしょうか?

 

吉田

なにしろ体格が楽器に対して足りていないですから。意外に思われるでしょうが、コントラバスは楽器ごとにかなり大きさに違いがあるんですよ。大きい楽器は太く深い音がして、小さいものは透明感のある明るい音がします。でも厚みのある重い楽器がほしくても、体格に合わない。自分の体格に合った楽器の中から気に入った音色の出るものを探して、自宅ではそれを使っています。けれどもN響では体格おかまいなしに音色重視で大きな楽器を弾かねばなりません。糸巻きと駒の間隔が105~106センチ程度が標準なのですが、N響では大きいものだとそれが110センチもあるんです。オーケストラではそのくらい大きな楽器でなければ存在感がないのです。だから身体に無理がかかりますね。

 

華恵

N響所有の楽器を使うのですね?

 

吉田

昔から代々引き継がれてきた楽器です。N響に入団すると自分の楽器を割り当てられ、練習の時には触りますが、それでは間に合わないと思うときは、借り出して持ち帰り、N響の楽器で自宅練習することもあります。

 

華恵

そんなご苦労がおありだったんですね。

 

吉田

どのオーケストラでもコントラバスは大きいほうが良いとされていますからね。オーケストラではバーカウンターにあるような高い椅子に腰掛けて弾くのですが、普通は片足を地面に着けて踏ん張り、もう片足を椅子の下の方にある足乗せに掛けて演奏します。でもN響の楽器は大きいので、楽器に見合う高い椅子に座ると足が届かなくなっちゃう。腰がたわんでしまって力が入らず、演奏スタイルでは数年間も悩み抜きました。諸先輩方がやっていらっしゃるように、両足ともを椅子のバーに乗せるスタイルで、ちゃんと力を伝えて弾けるようになるまで10年以上もかかりました。

 

華恵

身体に負担のかかる楽器なんですね、身体のケアはなさっていますか?

 

吉田

整体によく行きますが、先日、本番の後すぐに行ったおり、整体師さんから「楽器を弾いた直後はこんなに背骨がゆがんでいるとは」と驚かれてしまいました。この楽器を弾く以上、付き合っていかねばなりませんね。

 

華恵

オーケストラにおいてのコントラバスの理想の音はどんな音なんでしょうか?

 

吉田

一番低い音域を支えているわけですから、オーケストラ全体80人もの音が集約して混じり合うための極上の絨毯(じゅうたん)のような空気感が出せれば一番いいのです。けれども、それに徹してしまうと今度はコントラバスの音の存在感はなくなってしまいます。空気みたいな存在になって、良質で当たり前の絨毯になって目にも留まらないのではオーケストラでの存在意味がない。その場その場に応じて音色を変えて、時にはしっかりと存在感を示して、全体の音の方向転換も牽引(けんいん)する必要がある。自由自在に、変幻自在に、音色を変えられるのがいいと思っています。そして、元々N響というオーケストラが持っている伝統のサウンドの片鱗(へんりん)も残しながら、そこに今の世代ならではの音をあわせ持たせていきたい、それを目指しています。

 

写真撮影 ― 藤本史昭  撮影協力 ― サントリーホール

2015年2月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。2014年、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。