NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

坪池泉美

坪池泉美

オーボエ

つぼいけ・いずみ

神奈川県出身。2004年東京藝術大学卒業。2005年ドイツ・カールスルーエ音楽大学入学。 2009年同大学ディプロム、マスター課程修了。2005年第22回日本管打楽器コンクール入賞。同年ドイツにてリヒャルト・ラウシュマン・オーボエ・コンクール入選。2010年第79回日本音楽コンクールオーボエ部門入選。日本フィルハーモニー交響楽団を経て、2014年9月1日入団。 これまでにオーボエを和久井仁、小畑善昭、松山敦子、オットー・ヴィンター、トーマス・インデアミューレの各氏に師事。

 

オーボエで自由と楽しさを感じてもらいたい

華恵

入団されたばかりですが、生活に変化はありましたか?

 

坪池

正楽員になったという責任と重みをひしひしと感じています。この先あと何十年もずっとここで演奏していくのだと考えると。演奏家は常に進化していくべきだと思っているので、プレッシャーですが、同時に楽しみでもあります。

 

華恵

その責任を果たすには何が必要なんでしょうか?

 

坪池

とにかく練習するしかないと思うんです。N響の楽員の方々からいろいろなアドバイスをいただけるので、それを消化しながら、もっと良い演奏ができるようになりたいと思っているところです。

 

華恵

和久井仁さん(N響オーボエ奏者)に以前に師事されていらしたとか。かつての先生が同僚となるのはどんな感じですか?

 

坪池

いろいろ教えていただけるのでありがたいです。つい今でも「先生」と呼んでしまうのですが。私が担当しているのが「先生」と同じ「下吹き」のポジションなので、下吹きとしての吹き方や役割などをお聞きすると、いつもアドバイスを的確にくださいます。

 

華恵

話がさかのぼりますが、そもそもオーボエとの出会いというのは?

 

坪池

オーボエと出会ったのは中学校の吹奏楽部ですが、最初に始めた楽器は小学校でのアルト・サクソフォンです。中学校の部活でも最初はアルト・サックスをやっていたんですが、夏頃たまたまオーボエに空きが出たんです。そこで顧問の先生が、もうすでに知っているサックスではなく、みんなと同じ気持ちになって新しい楽器を始めてみたらと声を掛けてくださり、オーボエを始めたんです。確かに面白そうだしやってみようかな、といった軽い気持ちからでした。

 

華恵

小さなきっかけで始めたオーボエと一生付き合うことになるとは面白いですよね。

 

坪池

ただ両親に言わせると、中学3年生の時にすでに、プロでやっていこうかどうしようか迷っていると言っていたらしいです。私はあまり記憶がないんですけど。当時は『N響アワー』を観るのが習慣で、茂木大輔さんや小島葉子さんの演奏を夢中になって観ていました。私と同じ楽器で女性の小島葉子さんには、「あぁ、この人みたいになりたい」と憧れていましたね。

 

華恵

N響でその憧れをかなえたのですね。女性のオーボエ奏者は?

 

坪池

池田昭子さんと2人です。

 

華恵

女性だからという意識はありますか?

 

坪池

あまりないです。他のオーケストラに比べるとN響はまだまだ女性が少ないなとは思いますが、特別に意識はしないです。

 

 

華恵

オーボエはオーケストラの中ではどんな性格を持つ楽器ですか?

 

坪池

オーボエ吹きは常にリードをいじっていると言われます。リードのコンディションは天候にも左右されやすいので、その状態しだいでその日の気分が変わるほど。周りからは気難しい性格と見られていると思います。ただ私は一度もオーボエ吹きっぽい性格だと言われたことはないんですけど。

 

華恵

ではどの楽器と言われるんですか?

 

坪池

元々サックスを吹いていたと言うと、「あ、それっぽい!」とはよく言われます。
私自身はよく言えばおおらか、正しく言うと大雑把な感じに見られているのだと思います。

 

華恵

ドイツへの留学で得られたものは?

 

坪池

日本人はなるべく間違えないように正確にこぢんまりと収めようとしてしまいますが、ドイツでは、型にはまることを避けて、やりたいことをとにかく全部やってみることを勧められました。間違ってもいいし、音がどんなに荒くなってもやりたいことをまずはやってみる、という音楽の作り方で、そういう考え方もあるんだなと刺激を受けました。

 

華恵

それによってご自身の音が変わるということもありましたか?

 

坪池

自分では分からないですけれど、留学していた3年間で演奏ががらっと変わったと留学先の先生から言われました。「最初はあなたの持っているもの、性格や考えが全然表に出てこない演奏だったけれども、やっとそれが表に出てくるようになった」と言われました。

 

華恵

その考え方はN響に入ってからも生かされていますか?

 

坪池

かつては、私のポジションであるセカンド・オーボエは1番を影で柔らかい音で支える役割りだと思っていたんですけれど、N響に入団して、2番も対等な立場で、「出るところはしっかり出てもらいたい」と首席の方からも言われることがあって驚きました。セカンド・オーボエにも大切な役割があって、存在価値を認めてもらえたと、初めて実感できました。

 

華恵

オーケストラの厚みが出ますよね。

 

坪池

そう、N響はまさに響きの厚みがものすごくあるオーケストラだなと思います。それを担っていると思うと嬉しいです。

 

華恵

今後どのような演奏家になっていきたいという抱負は?

 

坪池

とにかく存在価値のあるセカンド吹きになりたいです。この人がセカンドを吹いていると安心できるなと皆さんに思っていただけるような奏者になりたいと思っています。そして、オーボエを使って聴いている人にもっと自由な思いや楽しさが伝わるような演奏家になりたいなと思います。

 

写真撮影 ― 藤本史昭

2014年10月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。2014年、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。