NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

篠崎史紀

篠崎史紀

第1コンサートマスター

しのざき・ふみのり

福岡県出身。ヴァイオリンの手ほどきを受けたのは父・篠崎永育から。その後、江藤俊哉に師事。1979 年には史上最年少で北九州市民文化賞を受賞した。高校卒業後、ウィーン市立音楽院に留学、トーマス・クリスティアン、イヴリー・ギトリス、また室内楽をバリリ・クァルテットやアマデウス・クァルテットのメンバーたちに学び、1982年ウィーン・コンツェルトハウスでウィーン・デビューを飾った。1983年ヴィオッティ国際音楽コンクール室内楽部門(デュオ)第3位、1986年ボルドー国際音楽コンクール銀賞受賞。1988年ウィーン市立音楽院修了後、群馬交響楽団コンサートマスター就任。1991~97年読売日本交響楽団コンサートマスター。1997年4月1日N響にコンサートマスターとして入団。東京ジュニアオーケストラソサエティ芸術監督、およびiichikoグランシアタ・ジュニアオーケストラの芸術監督を務め、後進の育成にも力を注いでいる。WHO国際医学アカデミー・ライフハーモニーサイエンス評議員も務める。

 

オーケストラは楽しく音楽を学ぶ最良の方法

岩槻

ファンの方から親しみを込めて「マロさん」と呼ばれています。ご自身でも「MAROワールド」と銘打ったコンサートもなさっていますが、この愛称はどういう謂れなんですか?

 

篠崎

もともと小学校のときに付いたニックネームです。6年生のときの教科書か何かに写楽の歌舞伎絵と喜多川歌麿の美人画が載っていて、友達が写楽のほうを指差して「お前に似てる」と言ったのが誤って「歌麿」のほうがあだ名になっちゃった。あのとき友人が間違われなければ、今は「写楽」と呼ばれていたはずです。

 

岩槻

「写楽」も素敵でしたね。

 

篠崎

高校卒業後すぐにウィーン市立音楽院に留学したのですが、「Fuminori Shinozaki」は発音しづらく、覚えてもらうのが大変。ミドルネームは?と聞かれ、そこで小学校時代のあだ名を思い出して「MARO」と言うと、ラテン系名の「マリオ」や「マリア」に似ているので通じやすく、すぐにみんなに呼ばれるようになったわけです。ヨーロッパでのコンサートなどでは、「F. MARO. SHINOZAKI」と名前を出したので、すっかり浸透しました。

 

岩槻

N響のコンサートマスターに就任されて丸13年になられますが、N響での重責を担いながらも、他の活動も活発になさっていますね。後進の指導にも熱心でいらっしゃる。

 

篠崎

「東京ジュニアオーケストラソサイエティ」と、昨年は「iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ」を大分につくりました。自分が子どもだった頃のことを考えて、ほしかった環境を与えてあげたくて。人間はコミュニケーションを必須とする生き物ですが、人間が持つコミュニケーション・ツールの中で、音楽は最大の効果が得られるものだと思う。僕自身の体験でも、海外留学中のオーストリアでは、言語というツールよりも、ヴァイオリンを弾くことによってずっと大勢の人と会話ができました。音楽によって一瞬にして喜怒哀楽を共有できるという不思議な体験ができたわけです。この最高の手段を学んでほしいけれども、子どもにとってそれを学ぶ過程は楽しいとは限らない。僕自身は音楽の練習はひとりでするのがどうしても苦手だった。ひとりぼっちがつまらなかった。だから自分と違う楽器をそれぞれが同時に取り組んでコミュニケーションするオーケストラは、楽しく音楽を学ぶ最良の方法だと思います。

 

岩槻

それでジュニアオーケストラを創設されたのですね。私も子どもの頃はヴァイオリンを習っていました。小学校の音楽クラブではアコーディオンを。みんなと合わせるのは楽しい体験ですよね。

 

篠崎

子どもが音楽を習うということは、本来は楽器が上手になることが目的ではなく、将来に役立つ何かを得ることが目的なのです。ジュニアオーケストラをつくったもうひとつの理由は、大人として、自分の持っている何かを次の世代に受け渡すという仕事は何よりも楽しいことだから。すべての大人達が自分の獲得したものを子どもたちへと分け与えることができたら、もっといい世の中になるだろう、という願いもあります。

 

岩槻

WHO 国際医学アカデミー・ライフハーモニーサイエンス評議会議員という肩書きもお持ちですね。どのような活動を?

 

篠崎

僕は人間の自然治癒能力を信じているんです。川のせせらぎや梢をそよぐ風の音や海の波の音が人の心に効果的なように、電気を通さない生の楽器の音にも脳波を安定させ、脳を活性化し、自然治癒能力を高める効果があるのではないか、と。現代医学のアプローチとはまた別の人類の古くからの知恵を探ってみようという活動です。

 

岩槻

ところで、いよいよ新しいシーズンが始まりますね。

 

篠崎

指揮者のラインナップが豪華だと、海外の演奏家の方からもよく褒められます。大御所の方々が並んでいるというだけではなく、期待の若手の方や、この曲だからこそこの指揮者、という顔ぶれも含めての興味深いラインナップということだと思います。クラシックは伝承文化ですから、巨匠と言われる方が来てくださることはもちろん意味深いことです。一方、時代に合った新しい音楽をつくっていかなくてはならない、というのもクラシックの課題です。それを考える使命感を持った若い指揮者との共演も非常に意義深い。

 

岩槻

若い指揮者にはどんなことを期待されますか?

 

篠崎

若さのいいところは無茶ができるということ。若いというのはそれだけで才能です。若いうちは自分のエネルギーをぶつけて何か新しいことをやってやろうとする。年を重ね経験値が上がると、知らず知らずのうちに、そういった冒険心のようなものを失いがちですが、自分たちがかつて持っていた若さと一緒に、新しいものをつくるのは楽しいことです。音楽に正解はない。こうでなければならないという答えはないかわりに、信念や情熱をもって行なうことによってのみ、変革はなし得るのだと思います。21世紀という今の時代は、世界が短縮されて、情報が数秒後に世界中に流れ、人は1日で世界を行き来できるようになっています。このような時代の劇的変化の中で、音楽も変革しなければ、という機運に満ちてきている。今、変革を起こして新しい音楽をつくることができれば、それは21世紀の後半にはスタンダードとして生き残っていくものになるでしょう。

 

岩槻

新しい時代のクラシックをつくろうという自覚がおありになる。

 

篠崎

変換期に立ち会っていることの面白さを存分に楽しみたいですね。だからこそ、若い人たちと共演するのは面白い。世の中がすでに認めた巨匠の方だけではなく、さまざまな個性と付き合うことで、新鮮で面白いことが可能になると思います。

 

岩槻

これからN響をどのように導いていきたいと思っていらっしゃいますか?

 

篠崎

そんな大それたことを(笑)。ただ、これからの日本のクラシック界を考えると、短縮された世界、情報が瞬時に共有される世界では、ものごとが簡単に平均化される社会になるでしょう。いいものの基準は簡単に決定されるようになるけれども、個性や特長をどう残していけるかが重要だと思います。せっかく日本の中にあるオーケストラとして、その個性を出していきたいと思います。

 

岩槻

そういえば最近はどのオーケストラを聴いても個性を感じにくくなったように思いますね。

 

篠崎

質は高くなったけれども、均質化してきてしまっていますよね。「標準語」ばかり喋るのではなく、「方言」を自信を持って喋れるオーケストラになりたい、と思います。

 

岩槻

あらためてですが、今日もお洒落でいらっしゃいますね。

 

篠崎

ウィーンに居たころに僕のスーツを仕立ててくれたマイスターが、民族衣装のカタログに載った江戸時代倹約令下の着物を見て、「外側ではなく、内側を飾る文化は世界中でも日本だけ」と感心されたことがありました。調べてみると茶碗や漆器など内側を装飾したものがいろいろあるんですね。それ以来、洋服の裏地に凝りだしたのですが(笑)。日本人の心や誇り、日本人独特の文化観を大切にしたいですね。

 

文 ― 猪上杉子/ 写真撮影 ― 堀田正矩

「フィルハーモニー」2010年9月号掲載 ※記事の内容及びプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

岩槻里子

聞き手

岩槻里子

いわつき・さとこ

NHKアナウンサー。愛知県出身。津田塾大学卒業、上智大学大学院博士前期課程修了。1998年NHK入局。2007年6月~2008年3月までメインキャスターを務めた「お元気ですか日本列島」では気さくな人柄が人気を呼んだ。2008年7月から「COOL JAPAN―発掘!かっこいいニッポン」のナレーションを担当。2008年4月から2011年3月まで「N響アワー」に出演。趣味はヴァイオリン。