NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

矢津将也

矢津将也

ヴァイオリン

やづ・まさや

福岡県生まれ。東京藝術大学附属音楽高等学校、同大学卒業。卒業時に「同声会賞」受賞。同大大学院修了。ウィーン国立音楽大学に留学。これまでに江藤俊哉、永峰高志、田中千香士、堀正文、ジェラール・プーレ、ライナー・ホーネック、ライナー・キュッヒル等各氏に師事。2008年2月1日入団。

 

「マインドフルネス」を心に

華恵

N響に入られてからウィーンに留学されたのですね。

 

矢津

初めて国外に出たのが29歳のとき、N響のアメリカ公演ですから、学生時代に留学している人が多いなかでは、とても遅いですよね。アメリカ公演をきっかけに留学しようという気持ちが固まりました。ウィーン・フィル・コンサートマスターのライナー・キュッヒル先生に就きたかったんです。今32歳ですが、我ながらゆっくり生きていると思います。

 

華恵

初めての海外が、あのN響アメリカ公演だったのですか 。

 

矢津

そう、2011年3月11日に東日本大震災があった次の日が出発日でした。出発すべきかどうか懸念の声もあるなかでの決行でしたが、アメリカの人々には大きな応援の声で迎えていただき、僕自身の転機にもなりました。

 

華恵

そもそもヴァイオリンとの出会いは?

 

矢津

母がピアノ教師でしたから最初はピアノを始めたのですが、4歳の時にヴァイオリンに向いているかもと母の友人に勧められてのことです。弾くこと自体がただ楽しかったですね。何も深くは考えずに、練習も別に苦痛ではなく、弾くことを楽しんでいました。

 

華恵

ずっと変わらずにですか?

 

矢津

中学生の頃は他のことにも興味を持って、一般の高校に行こうかとも思ったくらいでした。その頃はNBA(プロ・バスケットボール)観戦にも夢中になっていましたから。

 

華恵

マイケル・ジョーダン選手という名前なら知っていますが。

 

矢津

1992年のバルセロナ・オリンピックに登場し、ジョーダン選手も参加したアメリカの「ドリームチーム」に衝撃を受けたのがバスケットにはまるきっかけでした。小学校5年生でした。それ以来、レッスンや学校の時間に放送される試合を録画しておくくらいでした。

 

華恵

他に影響を受けた選手はいるのですか?

 

矢津

東日本大震災後のことですが、多くのNBAプレイヤーが日本に来るのをためらった中、おそらくたった1人だけ、ドワイト・ハワードという現役最高のセンター選手が、日本の状況を気にかけて来日を果たしてくれて感銘を受けました。そして、ライナー・キュッヒル先生も震災直後に来日され、N響でリヒャルト・シュトラウス《英雄の生涯》を弾いてくださいました。音楽家であれスポーツ選手であれ、あのような悲惨な状況を気にかけ実際に行動に移してくださる方を僕は尊敬します。キュッヒル先生にぜひ就きたいと決心したのも、この時のお人柄に感動したためでもあります。

 

 

華恵

お話を伺っているとバスケットとヴァイオリンには何か共通するものもあるのですか?

 

矢津

質問されるかなと思って考えて来ました。マイケル・ジョーダンが大好きだったのですが、彼が当時所属していたシカゴ・ブルズというチームのヘッド・コーチはフィル・ジャクソンさんという素晴らしい人格者で、「マインドフルネス」という言葉を提唱されている人です。周りの状況をリラックスしながらも的確に把握して、それでいて集中している状況を言います。バスケットだけではなく、オーケストラにも当てはまる言葉だと思います。僕はセカンド・ヴァイオリン・プレイヤーなので特に身近に感じます。自分だけが楽譜に食い付いて弾いているのではなくて、必要以上に緊張せずに適度な緊張感で周囲にアンテナを張りながら、自分の働きをきちんとすること。これが実現できたらと思います。

 

華恵

ソリストではなくて、オーケストラの第2ヴァイオリンだからこそ近く感じる言葉なのですね。

 

矢津

毎日試行錯誤しています。第2ヴァイオリンがメロディを弾いている時もありますし、陰になって支える時もある。常に状況をキャッチする能力の高さが必要とされますから。オーケストラ全体の真ん中に座ることが多く、初めてN響で弾いた時など、近くからファースト・ヴァイオリン、セカンド・ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、後ろからは管楽器が鳴っていて、その渦中で感動と同時に驚きがありました。この音の洪水が、向こう側の客席には1つの楽曲として届いていかなければならないんだ、と認識しました。ですから「マインドフルネス」を自分に言い聞かせています。

 

華恵

では、今後N響で実現したい音楽はどのようなものですか?

 

矢津

留学した時に感動したことがあったんです。演奏会にはよく出かけ、立ち見席で聴くことも多かったのですが、ウィーン楽友協会の当日立ち見席にいたところ、売れ残った席が配られて最前列の真ん真ん中に座ることができたんです。誕生日のことだったのでとても嬉しかったのですが、アントニオ・パッパーノさんが指揮するローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団でマーラーの《交響曲第6番「悲劇的」》をとても良い席で聴きました。楽友協会のホール自体が楽器のように響くのをたっぷりと味わいました。あの感動の音をN響で鳴り響かせたいという思いはあります。でも突出するのではなく、オーケストラ全体にとって「ああ、なんだかよくなったね」となるようにしたい。そうなるように頑張ります。

 

写真撮影 ― 藤本史昭

2014年1月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。2014年、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。