NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N響が贈る芳醇なひととき

コンサートが始まる

~オーケストラのチューニングについて~

 コンサートホールに到着して、自分の席につく。パラパラとプログラムなどをめくっていると、やがて開演を告げるベルが鳴り響き、客席の照明が落とされ、オーケストラのメンバーが舞台上に登場。今日の楽器の並び順はいつもと違うぞ、とか、今日はとても打楽器の多い曲なのね、などと隣の人と小声で感想を呟いている間に、いよいよホールは静まり返り、そこで始まるのが……そう、チューニング(音合わせ)です。オーケストラのたくさんの楽器が発する様々な音が、なんとも形容しがたい響きとなってホール全体を包むこの時間を、「実際の演奏を聴くよりワクワクする」と言う人さえいるとかいないとか。今回はこの、オーケストラの演奏会独特の「チューニング」について、簡単にご説明しましょう。

 

チューニングって何をしているの?

 どんな楽器でも放っておくとピッチ(音程)が狂ってしまいます。オーケストラは、種類の違うたくさんの楽器の集合体ですから、それぞれの楽器のピッチが合っていないと音楽をつくりあげることができません。このピッチを合わせる作業がチューニングで、各奏者は、あらかじめ楽屋などでチューニングをしておきます。ところが、舞台上は強い照明などのために温度や湿度が楽屋とは違っています。楽器というのはとても繊細なもので、少しでも温度や湿度などが変わるとピッチに影響を受けてしまうのです。そこで、舞台上に出てきた後で、微調整を行う必要が生じます。オーケストラが舞台上でチューニングをするのは、こうした理由によるのです。

 

はじめに音を出すのはオーボエ

 さて、チューニングをするといっても、めいめいが勝手に自分の音を合わせているだけでは、オーケストラ全体として調和のとれた音響を生み出すのは難しい。そこで、みんながひとつの楽器に音を合わせることになります。その大任を果たしている(!)のがオーボエです。今後演奏会に行かれたときは、どうぞチューニングの始まりに注意して耳を傾けてみてください。はじめにオーボエが音を出し、その音に合わせてコンサートマスターがヴァイオリンを弾いて他の楽器がチューニングを開始するのがわかると思います。

 では、なぜチューニングの最初の音はオーボエが出すのでしょうか。

 オーケストラの楽器には大きく分けて弦楽器と管楽器がありますが、弦楽器は温度や湿度の影響をとても強く受けます。一度チューニングをしても、演奏しているうちにすぐに弦が緩んできたりする、つまりピッチの不安定な楽器といえるわけで、最初に合わせる音としてはあまり適切ではありません。その点管楽器は、楽器の構造上ピッチが比較的揺れ動かないので他の人が合わせやすいのです。では、管楽器の中でなぜオーボエなのでしょう。これには諸説あるのですが、オーボエが管楽器の中で管の抜き差しによってピッチの調整ができない楽器であるため他の楽器のピッチに合わせることができないから、というのがその理由のようです(じゃあ同じように管の抜き差しができないファゴットの立場はどうなるんだ!? という疑問はさておき……)。他にも、オーボエの音が長くよく響いて他のメンバーにきこえやすいから、という理由もあるようです。

 なお、舞台上で演奏者自身がチューニングをすることのできない楽器の代表がピアノです。なので、ピアノ協奏曲を演奏する場合には、コンサートマスターがピアノの鍵盤を押して音を出し、それにオーケストラの全楽器が音を合わせるというチューニング方法になります。

 

合わせる音は「ラ」

 オーボエが最初に出す音は「ラ(A)」の音と決まっています。ラの音は、弦楽器だと開放弦(左の指で弦をおさえない)で弾けますから、ピッチを合わせやすいという利点があります。ラの音の周波数は、1939年に国際会議で440ヘルツが標準と決められていますが、現代の多くのオーケストラは、これよりやや高いピッチ、実際には442~444ヘルツぐらいでチューニングすることが多いようです。ピッチが上がると音は華やかになるので、モダン・オーケストラではこのくらいのピッチが好まれているのでしょう。ちなみにN響は442ヘルツを採用しています。一方、古楽器のオーケストラは低めのピッチを選んでいるため、やや渋い音がするという特徴があります。オーケストラによって響きの色合いが異なるのを聴き比べてみるのも楽しいかもしれません。

 

(室田尚子/音楽評論家)

 

 



N響ライブラリー