NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N響が贈る芳醇なひととき

響きの魔法にかけられて

~19世紀フランス音楽への誘い~

 幼い頃にピアノを習い始め、なんとか一人前に曲らしきものを弾くことができるようになった時、最初に知った作曲家はモーツァルトでした。そこから、ハイドン、ベートーヴェン、そしてバッハを知り、「クラシック」とは、こうしたドイツ・オーストリア系の、しかも主に古典派の音楽だと思いながら成長しました。そんな中、初めてドビュッシーの音楽を聴いた時、まるで頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃だったのを覚えています。淡い水彩画のようなその響きの世界は、それまで知っていたどんな作品とも違う、「新しい音楽」でした。そう、ドイツ音楽を中心とする伝統的な音楽教育を受けてきた多くの日本人にとって、フランス音楽とはそのように、どこか「新しさ」を感じさせるものかもしれません。あるいはそれは、「ユニークネス(独自性)」と言うこともできるでしょう。今回はそんなフランス音楽の世界についてご紹介していこうと思います。

 

20世紀の扉を開けたドビュッシー

 クロード・ドビュッシー(1862~1918)が活躍を始めた19世紀末にかけて、ヨーロッパではワーグナーが大流行していました。巨大な管弦楽と強靭(きょうじん)な歌声によって、観る者の感覚を根こそぎ奪い取っていくようなワーグナーのオペラに魅了される人々が数多くいたのです。ドビュッシーも、パリ音楽院在学中にワーグナーに傾倒し、卒業後の1888年と1889年、2回にわたってワーグナーのオペラを観にバイロイト祝祭歌劇場を訪れています。けれども、このバイロイト行きを頂点として、ドビュッシーのワーグナー熱は次第に冷めていきました。彼は、「ワーグナーを越える」ためにはどうしたらいいのかを模索し、やがて独自の新しい音楽の世界を切りひらいていくのです。

 「ワーグナーをどうやって越えていくか」という問題は、そもそも、この時代の作曲家にとって共通の最大の問題でした。なぜなら、誰もが一度はワーグナーという巨大で圧倒的な存在に、魅了されるにしろ反発するにしろ、影響を受けないわけにはいかなかったからです。ドビュッシーは、ワーグナーの影響から抜けだし、新しい20世紀音楽への扉を開いたひとりといえます。

 代表作のひとつである《交響詩「海」》は、独自の和声や浮遊するリズムなどによって、まったく新しい音楽のすがたを示しています。ドビュッシーはここで、自分の内面に向かっていた眼差しを、外の世界に向けようとしました。とはいってもそれは、画家が風景を画面に忠実に写し取ろうとするように自然の風景を音によって描写する、というのとは少し違っています。ドビュッシーは、「海」という自然を足がかりとして、それを越えたところで自分の内側に湧き起こってくるイマジネーションを音楽にしようとしたのです。彼が描いた「海」は、実際にそこにある「海」ではなく、彼の記憶の底からすくい上げられ、想像力によって変形された見えない「海」なのです。

 

「精密な時計職人」と評されたラヴェル

 ドビュッシーと同時代に活躍したモーリス・ラヴェル(1875~1937)の作品のほとんどは、現在、様々な場所で演奏され耳にすることができます。特に管弦楽作品の人気は高く、N響の定期公演では、この5月と6月にそれぞれ登場する予定です。ラヴェルは「管弦楽の魔術師」と呼ばれ、非常に華麗なオーケストレーションを得意としていました。例えば以前ご紹介したムソルグスキーの《展覧会の絵》の編曲がその好例です。こうしたラヴェルについて、イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)は「スイスの時計職人」と評しています。これは、ラヴェルがもっていた作曲技法の高さ、精密さを表した言葉ですが、最高の技術を駆使して、まるで精密機械でも作るようにして生み出されたラヴェルの音楽からは、どこか人工的な匂いがするようにも思えます。

 代表作《ボレロ》は、そんなラヴェルの個性を余すところなく発揮した作品。小太鼓によって演奏され続けるゆったりとしたボレロのリズム。その上で、次々に楽器を替えて同じメロディが延々と「反復」されながら、おしまいに向かって徐々に音楽の音量も増していきます。そして最後にやってくる、すべての楽器が爆発するクライマックス! 執拗(しつよう)な「反復」とゆるやかな「変化」の果てにやってくる一瞬の絶頂と崩壊──それは、職人ラヴェルが仕掛けた罠(わな)のようなもの。けれどもその罠のもつ美しさこそ、私たちをとらえて離さないラヴェルの音楽の魅力。ちょうど、熟練の職人によって生み出されたアンティーク・ドールのように、ラヴェルの作品が時代を越えて愛され続ける理由でもあるでしょう。

 

世紀末の夢

 ドビュッシーやラヴェル以外にも、19世紀後半のフランス音楽にはいくつもの傑作があります。特に世紀末にかけて生み出された作品には、もの憂さ(アンニュイ)や退廃(デカダン)といった要素を色濃く反映しているものが多く、ドイツ・ロマン主義の作品とはまた違ったフランスらしい香りを漂わせています。例えばエルネスト・ショーソン(1855~1899)の《愛と海の詩》は、歌を伴った管弦楽作品ですが、そうした世紀末フランス音楽の代表作です(そういえば、フランス独特の「歌曲」がたくさん生み出されたのも19世紀後半でした)。光と影を描いた印象派の絵画や、植物や昆虫をモティーフにしたラリックの工芸品、また優美な線で美女が描かれたミュシャのポスターなどがお好きな方なら、きっとはまること間違いなし。どうぞ皆さんも、19世紀フランス音楽の夢のような世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

 

(室田尚子/音楽評論家)

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

2015年5月15日(金)7:00pm  2015年5月16日(土)3:00pm
第1809回 定期公演 Cプログラム NHKホール
ラヴェル/組曲「マ・メール・ロワ」
ラヴェル/シェエラザード*
ショーソン/愛と海の詩*
ドビュッシー/交響詩「海」
指揮:デーヴィッド・ジンマン
メゾ・ソプラノ:マレーナ・エルンマン*

 

2015年6月6日(土)6:00pm  2015年6月7日(日)3:00pm
第1811回 定期公演 Aプログラム NHKホール
ラヴェル/道化師の朝の歌
ラロ/スペイン交響曲 ニ短調 作品21*
ルーセル/交響曲 第3番 ト短調 作品42
ラヴェル/ボレロ
指揮:ステファヌ・ドゥネーヴ
ヴァイオリン:ルノー・カプソン*

 



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