NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N響が贈る芳醇なひととき

コンサートマスターの役割

 オーケストラの演奏会で、演奏が始まる前のチューニングの時間がとても好きという人がいます。色々な楽器の音色が混ざりあった不思議な響きに包まれていると、「これからコンサートが始まる」という独特の感慨が沸き起こってきます。そんな楽器のチューニングの時、ひとりのヴァイオリニストが立ち上がって全体に指示を出します。それがコンサートマスターです。今回はコンサートマスターの役割をご紹介しましょう。

 

オーケストラという船のかじ取り役

 前回「指揮者の役割」で、指揮者は「音楽の演出家」だといいましたが、コンサートマスターは指揮者とオーケストラとの橋渡しのような存在です。例えば指揮者の考える音楽のすがたがうまくオーケストラに伝わらない場合、コンサートマスターは先頭に立って表現をつくっていく。逆に、オーケストラのメンバーと指揮者の意図するところがぶつかってしまった時には、指揮者と話し合って調整を図ったりもします。実際の演奏の場面では、ノリがよすぎてテンポが走ってしまった時にそれを抑えたり、逆に遅い時には引っ張っていったりと、臨機応変にオーケストラを誘導していきます。

 他にも、音の出だしや切るタイミングなどは、楽譜に書いてあるとはいってもきっちり揃えるのはなかなか難しいもの。そんな時、メンバーはコンサートマスターを見て合わせていきます。また、弓の上げ下げ(ボウイング)を考えるのもコンサートマスターの仕事。練習が始まった時には指揮者の考えがスムーズに伝わるように、事前の準備をしておくのです。こうしてみると、オーケストラという船の船長が指揮者だとすると、コンサートマスターは舵取りのようなものだということができるかもしれません。

 

コンサートマスター、渾身(こんしん)の見せ場とは

 コンサートマスターは第1ヴァイオリンのトップ奏者。ステージ上では向かって左に位置する第1ヴァイオリンのいちばん手前の先頭に座っています。そんなコンサートマスターがいちばん目立つのは、最初にあげたチューニングの場面ですが、実は本当の「見せ場」はその後にあります。コンサートマスターが着席するとチューニングの音が鳴り止み、指揮者が登場。オーケストラの全員が立ち上がり指揮者は客席に一礼する。指揮者が指揮台に上ったその瞬間に、コンサートマスターの仕事は始まる、とN響の第1コンサートマスター篠崎史紀さんは語っています。

 

「アインザッツ(フレーズの入りを示す棒の振り方)、音の出だし。そのオーケストラの音が出る直前の100分の1秒、いや、1000分の1秒が勝負で、コンサートマスターにとっていちばん重要な瞬間です。奏者たちの意識がこの一瞬に集まりいよいよ音楽がはじまる。ついに指揮者の手が振り下ろされる。もう直感しかない。考えていては間に合わない。およそ100分の1秒以内で指揮者からの指示を伝達しなければならない。」

現代ビジネス「倶楽部SHIMAJI」Nespresso Break Time @ Cafe de Shimaji(講談社)より

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40371

 

 観客席もいちばん緊張するこのスタートの一瞬こそ、鋭く研ぎ澄まされた感覚がものを言う、コンサートマスター渾身(こんしん)の「見せ場」であり「魅せ場」なのです。

 

ヴァイオリニストとしての実力

 このように、コンサートマスターの仕事はある種「縁の下の力持ち」的なものが多いのですが、もちろんヴァイオリニストとしての実力は超一流。曲の中にヴァイオリン・ソロがあれば、そこはコンサートマスターが演奏するのが一般的です。例えばリムスキー・コルサコフの《交響組曲「シェエラザード」》では、コンサートマスターがソロで演奏する有名なモティーフを聴くことができます。さらに、コンサートマスターの実力は、ソロ部分だけに発揮されるわけではありません。コンサートマスターが交代するとオーケストラの音色がガラッと変化することがあるように、しばしばコンサートマスターはオーケストラのクオリティを大きく引っ張り上げる力をもっています。そのため、メジャーなオーケストラのコンサートマスターの中には、長くその位置にある人が少なくありません。N響の歴代のコンサートマスターにも、数十年務めている人がたくさんいます。このオーケストラにこのコンサートマスターあり、という人がたくさんいるので、コンサートの時にはぜひ注目してみてください。

 

(室田尚子/音楽評論家)

 



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