NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N響が贈る芳醇なひととき

指揮者の役割

 数十人からなるオーケストラをたった1人で操り、音楽をつくり上げる指揮者。しかし、クラシック音楽を初めて聴いた人にとって、指揮者が実際の舞台で何をしているのかは、なかなかわかりにくいところがあります。楽器の代わりに1本の指揮棒を振り、その棒に合わせてオーケストラが演奏している(らしい)、ということはわかりますが、果たして、指揮者の役割とはどんなものなのでしょうか。

 

コンサートの前に行う重要な仕事

 指揮者はよく、映画監督や演劇の演出家に例えられます。台本を元に俳優たちにどんな風に演じてもらうか、全体の映像をどのように仕上げるか、などを考えるように、楽譜を元に実際にどんな音楽をつくり上げるかを考え、それを演奏家たちに伝えて演奏に結びつけてもらう。指揮というのは「音楽の演出家」といえるかもしれません。

 「その作品をどんなかたちにつくり上げるか」を考えるために、指揮者はまず楽譜と徹底的に向き合います。作曲家が何を考え、どんな意図でその音符を書いたのか。それを知るためには、楽譜を正確に読み取ることはもちろん、その作曲家が生きた時代や当時の作曲方法、演奏のスタイルなど作品の背景についても学ばなければなりません。こうした「勉強」があって初めて、指揮者はその作品をどんな音楽にしたいか、という設計図を描くことができるのです。

 そしてその設計図に基づいて、オーケストラから理想の音を引き出すわけですが、そのためにはコンサートの前に行われるリハーサルが重要。通常のオーケストラのコンサートならば、数日前からリハーサルが始まりますが、そこで指揮者はオーケストラのメンバーに自分が描いた音楽のすがたを伝え、また各楽器ごとにテンポや大きさ、表現などについて細かい指示を出していきます。こうしてリハーサルでつくり上げた音楽を、実際のコンサートで演奏する際には、指揮棒や表情、体全体を使った身振りによってオーケストラに再び指示を出していくわけです。

 

何よりも大切なのは「人間力」

 ひとくちに「オーケストラ」といっても、それは、ひとりひとりが意志も個性もある演奏家の集合体です。彼らからの信頼がなければ、到底指揮者の思い通りに演奏してもらうことはできません。そこで指揮者には、演奏家といかにうまく心を通わせることができるか、という能力が求められることになります。かつて、20世紀の前半に活躍した「巨匠」と呼ばれる指揮者たちは、自分の意のままにオーケストラを操り、言うことを聞かない団員は容赦なくクビを切るような「専制君主」タイプが主でした。彼らは練習の段階からオーケストラを徹底的に鍛え上げ、時にオーケストラはその指揮者の「楽器」と呼ばれることもありました(例えばクリーヴランド管弦楽団は「(ジョージ)セルの楽器」と呼ばれていました)。

 しかし21世紀の現在では、こうした「専制君主」タイプの指揮者はあまりいません。現在ではむしろ、楽員の意向をすくい上げ、彼らひとりひとりの「やる気」を最大限引き出すことができるような人が、指揮者としては成功しているようです。時には自分より年齢も経験も上の個性豊かな演奏家たちをその気にさせ、能力とやる気を存分に引き出しつつ、自分が描いた設計図通りに音楽をまとめ上げる。指揮者には、まさに、常人以上の「人間力」が求められているといえるでしょう。

 

歴史上の指揮者たち

 ところで、現在のような専業としての「指揮者」という仕事が確立したのは、19世紀半ば頃のこと。それまでは、作曲家が自分の作品の指揮をするのがふつうでした。歴史上初めての専業指揮者はハンス・フォン・ビューローといわれています。ワーグナーの弟子であり、リストの娘コジマと結婚していたもののワーグナーにコジマを奪われてしまう、というあまりありがたくないエピソードで知られるハンス・フォン・ビューローですが、楽譜を元に曲を解釈してそれに基づいた表現をする、という近代的な指揮法を確立した人です。ベートーヴェン《交響曲第7番》を「舞踏の神化」、ブラームス《交響曲第1番》を「ベートーヴェンの第10番」と呼んで高く評価したのもビューローでした。また、彼はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の初代常任指揮者になりました。

 19世紀には、まだ作曲家が指揮者を兼任することも多かったのですが、その中から偉大な指揮者として名を残す人物も出ています。初めて指揮棒を使ったといわれるメンデルスゾーン、ビューローの弟子だったリヒャルト・シュトラウス、そしてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者を歴任したマーラーなどは、作曲家と同じくらい、あるいはそれを超える指揮者としての名声を獲得しています。

 

指揮者は背中で語る!?

 実際のコンサートでは、なんといっても指揮者はオーケストラを統率するリーダーです。その華麗な指揮棒さばきの裏には、楽譜の勉強やリハーサルなど様々な努力と苦労があるわけですが、私たち観客にそれを感じさせないことこそが、指揮者の力量といえるかもしれません。指揮者は演奏中は常に後ろを向いていますが、その背中は実に表情豊かに私たち観客に語りかけてきます。今度コンサートに行ったら、ぜひ指揮者の背中に注目してみてください。オーラを感じさせる「カッコイイ後ろ姿」の持ち主は、きっとその音楽も素敵なものに違いありませんから。

 

(室田尚子/音楽評論家)

 

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2015/2016シーズンからNHK交響楽団の首席指揮者に就任するパーヴォ・ヤルヴィが、一足先にこの2月の定期公演で指揮台に立ちます。パーヴォの魅力を味わいに、ぜひ会場へいらしてください。

 

2015年2月定期公演 

 



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