NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N響が贈る芳醇なひととき

クラシックと映画音楽

 「音楽のない映画」をごらんになったことはありますか。「ラッシュ」と呼ばれる、音楽が入る前の段階の映像(主に監督が編集をチェックするためのもの)があります。それは私たちが普段観ている映画とは違い、なんだか大切なものが抜け落ちているような、とても奇妙な感じがします。それほど、映画に音楽は欠かせないもの。音楽が大きなテーマとなっている映画はもちろんのこと、そうでない作品におけるBGMにしても、音楽はその映画のカラーや雰囲気を大きく左右する重要な要素です。

 さて、ひとくちに「映画音楽」といっても、大きく分けて2つのパターンがあります。ひとつは、作曲家がその作品のために新しく書き下ろしたもの。そしてもうひとつは、既存の楽曲をそのまま、あるいは編集して用いたものです。後者のケースにクラシック音楽がよく使われていることは、例えばインターネットで「映画に使われたクラシック」といった言葉で検索すると、膨大なデータが出てくることからもわかりますが、実は、映画とクラシックはその初期の段階から、とても密接な関わりをもっていました。

 

サイレント映画時代の音楽

 1895年にパリでリュミエール兄弟が試写会を開いたのが映画の始まりといわれています。初期の映画はすべてサイレント(無声)で、ピアノ伴奏がつくのが一般的でした。やがて映画が長編化するにつれ、映画館に専属の指揮者と小さな管弦楽団を常設するようになり、そこでは、クラシックの小品や有名曲の抜粋などが演奏されていたそうです。

 初めて映画のためにオリジナル曲を作曲したのは、《組曲「動物の謝肉祭」》や《交響詩「死の舞踏」》などで知られるサン・サーンスです。1908年に公開された『ギーズ公の暗殺』という映画の音楽で、これは、前年の1907年に結成された「フィルム・ダール協会」という芸術映画を制作する協会が総力を挙げてつくった作品でした。当時、作曲家として地位と名声を得ていたサン・サーンスに音楽を提供してもらうことで、映画の価値を高めようと考えたようです。

 初期のサイレント映画では、このように、クラシックの作曲家が曲を書くことがよくありました。1924年にサティーは、《バレエ音楽「本日休演(ルラーシュ)」》の幕間に上演されたサイレント映画のために、自ら曲をつくりました。他にも、ショスタコーヴィチもサイレント映画のための音楽をいくつか作曲しています。

 

音楽による表現の広がり

 1927年にアメリカで初めてのトーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開されますが、初期のトーキーは、音楽を後からミキシングするという技術がなかったため、サイレント時代の名残で既存の曲を用いて伴奏する方法がとられていました。やがて技術の発展と共に、ドラマと結びついた音楽表現が求められるようになっていきます。アイスラーが音楽を書いた『外人部隊』(1933年)、コープランド作曲の『わが町』(1940年)、ウォルトン作曲の『ヘンリー5世』(1945年)などが代表的な作品です。また、オーストリアからハリウッドに渡り映画音楽家として成功したコルンゴルトは、『ロビンフッドの冒険』(1938年)でアカデミー作曲賞を受賞しています。

 映画のためのオリジナルの音楽が生み出される一方で、既存のクラシック音楽を、単なる伴奏ではなく映像と結びつけた作品も生まれました。1940年に公開されたディズニー映画『ファンタジア』は、チャイコフスキー《バレエ組曲「くるみ割り人形」》やデュカス《魔法使いの弟子》、ベートーヴェン《交響曲第6番「田園」》など、クラシック音楽に映像表現を合わせるという画期的な映画です。ストコフスキーが指揮をした演奏では、初めてのステレオ録音が起用されています(ちなみにストコフスキーは映画の中にちょっぴり登場しています)。

 

音楽抜きには語れない映画の数々

 「映画音楽」というと誰もが想像するのは、壮大でドラマチックな表現。これは、『ジョーズ』や『スター・ウォーズ』の音楽で知られるジョン・ウィリアムズの功績によるところが大きいといえるでしょう。彼は、大編成のオーケストラによるサウンドや、登場人物の心理を細かく描き出す表現など、クラシック音楽の手法を用いることで、映画音楽というジャンルの芸術性を高めることに成功しました。

 一方、クラシック音楽を映画のテーマに結びつけるような、有機的なつながりをもった作品も多く誕生しています。マーラー《交響曲第5番》の〈アダージェット〉が全編に流れるルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』、物語のクライマックスでジョルジュ・ドンがラヴェル《ボレロ》を踊るシーンが印象に残るクロード・ルルーシュ監督の『愛と哀しみのボレロ』などは、その好例です。

 また、作曲家や演奏家、作品そのものを題材にした「音楽映画」というジャンルも興味深い作品が目白押し。ゲオルク・ショルティが音楽監督となりロンドン交響楽団が演奏を担当した『不滅の恋 ベートーヴェン』(1994年)、夭折(ようせつ)した天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの姉が書いた原作本を映画化して物議を醸した『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』(1998年)、まだ存命中のピアニスト、デーヴィッド・ヘルフゴッドの半生をラフマニノフ《ピアノ協奏曲第3番》と共に描いた『シャイン』(1995年)など、このジャンルの名作は枚挙にいとまがありません。今年は、伝説のヴァイオリニスト、パガニーニを描いた『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』(デーヴィッド・ギャレットが演奏を担当)、ピアニストのマルタ・アルゲリッチのドキュメンタリー映画『アルゲリッチ 私こそ音楽!』といった作品も公開され、ますます目が離せないジャンルです。

 映画を盛り上げるだけでなく、時には作品のテーマとなり、時には俳優と同じぐらい雄弁に語る――映画音楽は、クラシックを楽しむもうひとつの素敵な世界といえるでしょう。

 

(室田尚子/音楽評論家)

 

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切っても切れない関係にある、映画とクラシック。壮大な曲調でたくさんの映画で使われているマーラー《交響曲第1番「巨人」》や、映画『逢いびき』で全編にわたって使われたラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》など、「この曲知ってる!」という意外な発見があるかもしれない映画の「らくクラ♪セット券」が12/1(月)から発売開始!

 

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