NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

N響が贈る芳醇なひととき

「周縁の地」ロシアの音楽

 普段何気なく使っている「クラシック音楽」という言葉。本来「クラシック」というのは「古典派」(ハイドンやモーツァルトが活躍した時代)のことなので、この言葉は厳密には正しくないのですが、お硬いことは置いておくとして、私たちはこれを「西洋芸術音楽」の意味で使っています。ではこの「西洋」とは、具体的にはどの国のことなのでしょうか。

 ベートーヴェンが生まれたドイツ、モーツァルトが生まれたオーストリア、オペラ発祥の地イタリア、「芸術の都」パリを擁するフランス、海を渡ってイギリス。バロック音楽がお好きならオランダやベルギーを思い浮かべる人もいるかもしれません。あれ、そうするとこの場合の「西洋」とはつまり「西ヨーロッパ」のこと?でも、ドヴォルザークが生まれたチェコやチャイコフスキーのロシアは?

 そうなのです。「西洋芸術音楽」の歴史の表舞台に、こうした「西ヨーロッパ」以外の国が登場してくるのは、意外にも19世紀後半になってから。この時代、音楽のみならず芸術の様々なジャンルで、それまで中心的な役割を担ってきた地域から外側に目を向ける動きが登場してきます。「中心から周縁へ」。特に19世紀後半に注目を浴びたのが、ロシアでした。今回はこの「ロシアの音楽」に注目することにしましょう。

 

国民楽派と「ロシア五人組」

 19世紀後半になると、ロシアなど東欧や北欧諸国で「自分たちの音楽」をつくろうとする動きが盛んになります。そうした人たちは「国民楽派」と呼ばれていますが、イタリアやドイツなどで専門の教育を受けた作曲家が自分の国に帰り、新しい音楽をつくり始めたことから生まれたといわれています。国民楽派の音楽は、西ヨーロッパの手法を用いながら、そこに自分の国の伝統的な民謡や舞曲の要素などを取り入れているのが特徴。「ロシア国民楽派の父」といわれるミハイル・グリンカ(1804~1857)もそのひとり。青年時代にイタリアやドイツで勉強しますが、やがて、ロシア人としてのアイデンティティを強く意識するようになり、「ロシア的」な作品をつくるようになりました。

 このグリンカの影響を強く受けているのが、バラキレフ(1837~1910)、キュイ(1835~1918)、ムソルグスキー(1839~1881)、ボロディン(1833~1887)、リムスキー・コルサコフ(1844~1908)の5人からなる「ロシア五人組」です。1867年に芸術評論家のスターソフによって「モグチャヤ・クーチカ(力強い集団)」と名づけられたこのグループは、バラキレフをリーダーとして、西ヨーロッパ的な音楽に対抗する独自のロシアの音楽をつくろうと考えていました。例えば、有名なムソルグスキーの《展覧会の絵》は、ロシアの民話をテーマにした曲や堂々とした建築物など、いかにもロシアの土の匂いを感じさせるような音楽になっています。

 

「西欧派」としてのチャイコフスキー

 バレエ《白鳥の湖》や《交響曲第6番「悲愴」》などで知られるチャイコフスキー(1840~1893)は、「五人組」と同じ時代に活躍した人。「五人組」が国民楽派の代表と目されたのに対し、チャイコフスキーは「西欧派」の代表といわれました。しかし実際には、チャイコフスキーはバラキレフとも交流があり、「五人組」の名付け親であるスターソフもチャイコフスキーを高く評価していました。チャイコフスキーの音楽を注意深く聴けば、彼が、ロシア民謡の旋律を使ったり、スラヴ舞曲風のリズムを取り入れたりして、祖国「ロシア」を強く意識していたことがわかるでしょう。

 

歴史に翻弄された2人 プロコフィエフとショスタコーヴィチ

 ロシアの作曲家の中には、1917年に起きたロシア革命によって運命を翻弄(ほんろう)された人たちがいます。プロコフィエフ(1891~1953)もそのひとり。幼い頃から作曲の才能を発揮して「恐るべき子供(アンファン・テリブル)」と呼ばれたプロコフィエフは、20世紀初めのロシアを代表する「前衛作曲家」として名前をあげました。しかしロシア革命に疑問をもった彼は、日本を経てアメリカに亡命、ピアニストとして活躍した後拠点をパリに移し、有名なバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のために曲を書いたりして活動を続けます。しかし、祖国を離れていることが耐えきれず、1932年にロシアに帰国するのです。帰国後、プロコフィエフが書く音楽は、初期の前衛的な作風に比べ、シンプルな構成や叙情性を持ったものへと作風を変化させていくのです。《ヴァイオリン協奏曲第2番》は、そんな祖国復帰後の作品であり、また彼の代表作のひとつにも数えられている傑作です。

 ロシア革命の後成立したソビエト連邦では、体制に反抗するような音楽家は目をつけられ、作曲活動が制限されたり、下手をすると命まで奪われかねないという厳しい状況に置かれました。ショスタコーヴィチ(1906~1975)は、まさにこうしたソビエト連邦で体制に翻弄された人です。1934年に初演されたオペラ《ムツェンスクのマクベス夫人》が共産党の機関紙『プラウダ』によって批判され、文字通り窮地に立たされたショスタコーヴィチが失地回復を狙って書いたのが《交響曲第5番》でした。この作品には、ショスタコーヴィチの芸術家としての苦悩や悲劇が色濃く表れています。

 

悠久の大地、ロシアの香り

 「ロシアの音楽」と一口にいっても、このように様々な歴史的状況を反映した作品があります。しかし、どの作曲家の作品からも、どこかに、ロシアの大地を思わせる雄大さ、あるいは北国の何ともいえない哀愁を感じることができるのではないでしょうか。特にオーケストラ音楽にはそれが顕著です。堂々としたオーケストラの響きの中に、まだ見ぬロシアの大地を想像する……。「ロシア」のクラシック音楽の醍醐味はそんなところにあるのかもしれません。

 

(室田尚子/音楽評論家)

 

オススメ・コンサート オススメ・コンサート

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